専務と心中!
「荷物は運び入れました。整理も、碧生くんと遥香さんがやってくれました。……では、本格的に編集、始めますか。凡例案を見せてもらいましたが、あれだけでは不充分ですから。……あー、それから、漢字。現在の新聞の基準で『ひらく』とか、論外です。常用漢字外でも、固有名詞は全て漢字。必要に応じて旧漢字優先。文句が出ないようにルビは必須。」

人が変わったように、峠さんが細かい指示を出してくれた。

ちなみに「ひらく」とは、編集用語で、漢字を用いず平仮名で記すことらしい。
確かに、現在の新聞や雑誌は、不必要なまでに漢字を排して平仮名を混ぜてあることが多い。
地名もだけど。

「はい。早速、凡例から見直します!」



新しい編纂室は、旧応接室らしい。

「社史の室長代理をつとめてる間は、忙しいし、応接室もないから、美術館に遊びに来るな……と、社長には既に伝えてます。」
珍しくイケズな顔で、峠さんはそう言った。

「でもそれって、逆効果かも。社長、峠先生のこと大好きだから、本社に呼び出す回数が増えるだけかも。」
笑いをこらえて気の毒そうにそう言ったら、峠さんは苦笑いしていた。

本社と違って山裾の観光地なので、なんと言っても不便なのはランチだ。
周囲には高い観光客向けレストランしかない。
コンビニも少し遠いので、結局、お弁当を作るか買うかして、持ってくるしかないようだ。

「いわゆる給食弁当はあるんですけどね……値段の割に……美味しくないんです。」
既に先週試したらしく、碧生くんが嫌そうに顔をしかめた。

「で、結局、コンビニ弁当?……それも……ねえ……。」

マメな峠さんは、毎日、給湯室でパートのおばちゃんの分までお味噌汁やスープを作ってるらしい。

「うーん。人数増えたし、いっそ、作ろうかな。味噌汁だけじゃなく、まかない。」
突然、峠さんがそんなことを言いだした。

「え!?……さすがにそれは……。」

イロイロ問題があるんじゃないだろうか。

でも、碧生くんがものすごーく喜んで、峠さんに賛同した。

「やったー!お願いします!めちゃくちゃ楽しみ。旬の食材を使った和食がお得意なんですよね?」

はしゃぐ碧生くんに、峠さんは首を傾げて、遥香さんに確認した。

「そんなことまで、言ったの?吉岡さん?」

ぶるぶると首を横に振る遥香さん。
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