専務と心中!
「なんだ。峠先生は、料理人になりたかったのか。」

統さんがそう聞くと、峠さんは頬を染めて頷いた。
「学生の時は本気でそう思ってました。……家内が止めなければ、筆を折ってました。」

「え!じゃあ、奥さまに感謝だわ。峠先生がいなきゃ、この会社の資料、散逸してたもん。」
本気でそう言ったら、峠さんは照れたらしく黙ってしまった。

その日から、ランチタイムは特別な時間になった。

美術館には、現在、正職員が2人……峠さんと私だ。
それから、受付と館内監視を交代でしてらっしゃるアルバイトさんが毎日4人。
週3日、専門職のアルバイトに来る碧生くんと遥香さん。
それプラス、香りにつられて、これまで館内には寄り付きもしなかったガードマンのおじさん2人も、峠さんのまかないのお世話になることになった。

献立は、お魚や野菜中心の和食が多くて、どれもこれもめちゃくちゃ美味しかった!
てか、揚げ出し豆腐って、家で作れるって知らなかった!

たまに気晴らしに手伝わせてもらったけど、峠さんの包丁だと、玉葱を切っても涙が出ない!
スパッと切れ味がいいから!
すごいー!

「尊敬します。峠先生。人として。」
マジでそう言ったら、統さんにめっちゃ拗ねられた。

噂を聞きつけた社長も、たぶんまた美術館に通ってくることになるだろう。

新しい環境が居心地良すぎて……私はむしろ幸せだった。

まだ椎木尾さんの死から一週間もたってないのに。



迎えた、聡くんの入学式の朝。
私達は3人で区役所に寄り、婚姻届を提出した。

晴れて正式に夫婦になった私達を、聡くんが祝福してくれた。
「おめでとう。におさん、父のこと、よろしくお願いします。めんどくさいヒトだけど。」

薫の影響か、そのほうが呼びやすいからか、聡くんは私を「にほ」ではなく「にお」と呼ぶようになった。

「ありがとう。めんどくさいところをかわいいって思ってるうちは大丈夫でしょ。」
「……2人とも失礼だな。私は手の掛からない温厚な紳士だぞ。」

統さんは、本気でそう思ってるらしい。

「はいはい。それで、聡くん。部活はどうするの?本当に、自転車競技、始めるの?」

いつの間にか、聡くんは自転車競技に興味を持ったらしい。

「うん。水島さんが、余ったフレームでピストレーサー組み立てて、くれるって。うちの学園、高校にはサイクリング部があるから。とりあえず入部してみる。」
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