専務と心中!
専務はどこからか黒い革のグローブを取り出して、両手に装着した。

運転用のグローブ?
本格的???

「……スピード出さないでくださいね。」

思わずそうお願いしたら、専務は一瞬きょとんとして、それからニッコリほほえんだ。

「わかった。大胆なようで怖がりなのか?にほちゃんは。」

……返事できない。
大胆、かな。

専務は中沢さんの車にぴったりついて走行した。

「なんか、道、こんでますね。」
「ちょうどお水取りの期間だしなぁ。……こんな店、よく突然予約取れたな。」

本当だ。

到着したお店は、まさに奈良公園の中にあった。
素敵な和風建築と離れの庵で、伊勢海老やほうれん草の入った不思議なお鍋をいただいた。
2人とも車だからお酒はなし。

「にほちゃん、遠慮せず飲んだらいいよ。送ってくから。」
専務は飄々とそう言ってくださったけど、
「まあ……離婚成立するまで、送り狼にはならないよね、ぐっちーは。」
と、中沢さんに釘を刺されて、ムキになってらした。

かわいいなあ。

お酒なんか飲まなくても、競輪で勝った興奮と、この奇妙なご縁と、美味しいお料理に、すっかり酔ってしまった。
冷静に考えたら、おじさん2人に拉致られてんだけど……素直に楽しい夜だった。


中沢さんと別れて、専務と京都に向かう。
有料道路の、自動発券機から券を受け取る時、専務はなぜか機械にお礼を言った。
「ありがとう。」

……そう言えば、競輪場の発売払戻の機械にも「ありがとう。」と言ってらした気がする。
不思議なヒト。

「明日は仕事だけど……明後日、昼過ぎには身体あくから……また来ようかな。」
私の家の近くまで送ってくださった専務は、ボソッとそうつぶやいた。

そう言えば、椎木尾(しぎお)さんも明日は仕事って言ってたっけ。
専務と一緒なのかな。

「是非いらしてください。お誕生日車券もいいけど、競輪の予想も楽しいですよ?」
当たり障りなくそう言った。

すると専務は苦笑した。
「いや。競輪より、にほちゃんと過ごすのが楽しいから。」

……おいおいおい。
ぶっこんできたな。
離婚するまで無害じゃなかったのか。

……でも、ドキドキする。
正直、悪い気はしない。

専務がどんなヒトなのか、もっと知りたいとすら思う。
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