専務と心中!
真っ昼間からカーセックスというわけにもいかない。

美術館の駐車場で、後ろ髪を引かれつつ薫の車から降りた。
「ありがと。気をつけて帰ってね。」
「ああ。仕事がんばり。……俺も帰って練習するわ。」
薫はそう言って、爽やかな笑顔と巧みなキスを残して帰ってった。

……ほんと、イイ奴だわ。

お互いに、都合のイイ存在なのだろう。
愛情はちゃんとあるのに、束縛も詮索もしない。
ただ、時間を共有するだけ。
居心地のいいぬるま湯の関係。

……恋人や夫婦とは別れたら終わりだけど、薫とは一生こんな風に続くのかもしれない。



美術館は、観光地にほど近い山裾に建っていた。
創業者の祖先の別荘を利用して、戦後まもなくに美術館の形式を整えたが、年に数日間しか公開せず、ほとんど倉庫のような存在だった。
こんな風に、新しい展示館を建築し、旧館と庭園を文化財登録して通年公開に切り替えたのは、今の学芸員さんが来られてからのことらしい。

「こんにちは~。布居です。峠(とうげ)さん、いらっしゃいますか?」

受付のアルバイトは、一昔前に我が社を寿退社した女性。
……峠さんは、美術品の管理だけでなく、縁故者の再雇用を推し進めている。
若さと美貌は衰えても、愛社精神と気配りの経験値を上げたアルバイトさん達の尽力もあり、美術館は毎日大賑わい。
閑職の吹き溜まりだった倉庫は、黒字経営の立派な広報機関へと変貌した。


「……どぅも。ご苦労さんです。」
応接室から峠さんが顔を出した。

ん?
応接室?
接客中?

「こんにちは。あの……お客さまでしたら、私、待ってますけど……」
一応そう聞いてみた。

峠さんは、いつも無愛想な表情をふっと緩めてほほ笑んでくれた。

……ちょっと濃すぎるほどの彫りの深いイケメンの笑顔の破壊力は抜群だわ。
無意識に半歩下がって、何とか耐えてると、応接室のドアが大きく開いた。

「にほ。」
そう言って現れたのは、椎木尾(しぎお)さん!

び、びっくりした!!!

「こちらにいらしてたんですか!」

……心臓がバクバクしてる。

予想外の場所で恋人に会えた喜びよりも、さっきの駐車場での薫とのキスを見られてなかったか……私は気が気でなかった。
確か、応接室の窓からは駐車場も見えるはず。

やばーい!?

「うん。社長が弘法さんで掘り出し物を購入されて、峠くんに見てもらったんやけど……」

そこまで言って、椎木尾さんは峠くんと顔を見合わせて、笑い合った。

ちなみに弘法さんとは、毎月21日に東寺境内で開催されてる市(いち)だ。
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