専務と心中!
「えーと。天花寺くん?」
「碧生(あおい)でいいですよ。その名前、重すぎて。俺、入婿で、慣れてないんです。」
碧生くんはそう言って、ニッコリと微笑んだ。

……やっぱりかっこいいな。

「なんか、布居さんとは色々、縁があるらしいですね。」
碧生くんはそう言って、手を差し出した。

……握手?

そういや、帰国子女……じゃない、日系三世だっけ?
私自身には握手の習慣なんてもちろんないけど、せっかく同い年のイケメンに手を差し出されたので、私も手を出した……まあ、子持ちの既婚者なんだけど。

「椎木尾(しぎお)さんに聞いた?」
そう尋ねると、ぶんぶんとつないだ手を豪快に揺らして、碧生くんはウィンクした。

「ごいっちゃんだけじゃなくて。L.A.で、俺、水島と同じ日本語学校に通ってたんですよ。その縁で仲よくしてもらってる中沢さんからも布居さんのことを聞きました。一昨日の準決勝、俺も奈良に行ってたんですよ。布居さんとはタッチの差で遭えなかったみたいです。」

え!

「いたの?あそこに?……え~~~……薫の……お友達なんだ?」

碧生くんが椎木尾さんを「ごいっちゃん」と呼ぶこと以上にびっくりした。
ご縁、ありすぎだろう。

てか、薫は碧生くんに私のことを何て言ってるんだろう。

やばい。
薫と椎木尾さんの両方を知ってるなんて……それは、非常に……気まずい。
どう言えばいいのか見当がつかない。

困ってる私に、碧生くんは笑顔を見せた。
「水島の初恋の相手だそうですね。布居さん。や~、まさか水島が、てめぇだけの捲りを打つとは思いませんでしたよ。おかげで財布が潤いました。次回は俺がランチご馳走しますね。」

明るい碧生くんに、私は後ろめたさを飲みこんだ。

「競輪場、よく行くの?」
小声でそう聞いてみる。

「よく、ではないです。子供が生まれるまでは、旅行がてらビックレースには行ってましたね。俺は水島、妻は泉さんを応援してて、横断幕も出してるんですよ。」
くすくすと笑いながら、碧生くんはそう言った。

横断幕!
めっちゃディープじゃないの、それ。

「奥さまも?だってバリバリのお嬢様なんでしょ?……え~、横断幕、どんなの出してるの?」
「泉さんのが青い『仁義なき競輪道』。水島には黒地に白抜きで『駆け抜けろ』。……見たことありません?」
「知ってる!目立つもん!え~!あれ、出してるんだ!すごい!」

まさか、会社でこんな話ができるとは思わなかった。
それも、椎木尾さんお気に入りの碧生くんなのに……。

「ふふ。なんか、うれしい。次に薫が近くを走る時は一緒に応援に行こう。」

気軽にそう誘ったら、碧生くんはニヤリと笑ってうなずいた。
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