専務と心中!
なるほど。
確かに、専務からは、ズルいことをしても勝ちたいという気概は一切感じない。

「ギャンブルまで、ぼんぼんなんですね。」

ちょっと嫌味を言ったら、碧生くんがニヤリと笑った。

「恋愛も、じゃない?」

専務はコホンと、これ見よがしに咳払いしてパソコンのモニターを指差した。

「ほら、スタートするよ。水島くんの応援してやろう。」

モニターの中で、号砲が鳴った。
出渋る選手のなか、あまりこだわりのない薫がスイーッと前へ進みS(スタート)を取った。

……ちなみにSを取るとは、一番最初に飛び出して誘導員のすぐ後ろにつくことを指す。
ラインの位置取りのために、積極的に動いたり、逆に出渋ったり……スタートひとつにしてもなかなか複雑でおもしろい。

「普通はSを取ると捲りなんだけど、水島は、師匠の泉さんの影響か、並びはどうでもいいみたいだな。」
「……知らんかった。泉さんの影響なんや。……でもさ、そろそろ位置取りも覚えて、クレバーな競走をしてほしいわ。」

力技の先行や、7番手からの捲りなんて、そういつまでもできるものじゃない。
薫は、頭だっていいんだから、もう少し楽に勝てると思うんだけど。

「いいねー。俺、水島くんの競走、好きやな。迷いがないよな。」
専務が目を細めてそう言った。

「だったら水島頭(1着)で買ってあげればいいのに。」
碧生くんのつっこみに私もうなずいた。

「ほんまやわ。交わしの交わしなんか、薫に失礼やわ。」
ぷんぷんして見せて、そう口をとがらせた。

「そうか?むしろ水島くんの気概を高くかってるんだけどな。ちゃんと後ろを連れてくる、って。で、彼は、ナチュラルらしいからさ、最後は垂れるみたい。でも後ろ2人は、マーク屋と、自在含みの若手だろ?」

……ナチュラルって……ドーピングしてないってこと?
そりゃそうよ。
当たり前だ。

「統(すばる)、ずいぶん詳しいんだね。競輪、始めたの、最近なのに、ドーピング選手まで把握してるんだ?」
碧生くんにそう尋ねられ、専務は少し言葉につまった。

「まあ、そうなんだが。……世話になってるヒトが競輪好きでね、教えてもらってるんだよ。交わしの交わし、って言葉も、昨日、彼に教えてもらってから、早く使ってみたくてね。」

あー、ホームレスのおじさんか。
なるほど。

ちなみに、薫の師匠の泉さんは、確実にドーピングしてると思う。
凡走と、ココ一番の決め脚の差が大きすぎるもん。
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