専務と心中!
「ほら、赤版(残り2周)だ。」

そして、打鐘(ジャン)。
誘導員を切った薫は、9人の選手の先頭をひた走る。

「いいね。……てか、これ……水島くんの逃げ切りまである?」

専務のつぶやきに、私の血がたぎる。

「薫ー!いけーっ!」
「逃げろ逃げろ逃げろーっ!」

気づいたら、番手の選手は車間を切ったわけでもないのに、薫から離れてく。
「あーあー。」
もはや、専務の車券はなくなった。

「よし!」
碧生くんが、両手を握った。

……なるほど、碧生くんは筋違いで薫を買ってるようだ。

専務は椅子に座り、逆に碧生くんと、私はソファから立ち上がって前のめり。

自在含みの南関の選手が後方から上がってきて、薫ラインの大きく空いた位置にすっぽりハマった。

「そのまま!そのまま!そのまま!」
「それでいい!それ以上来るなっ!」

私と碧生くんは、画面に向かってそう叫び続けた。
ゴール前で、差されないかと冷や冷やしたけれど、危なげなく薫はゴール線を駆け抜けた!

「優勝やーっ!」
「よっしゃーっ!」

思わず、碧生くんと手を取り合って喜びを爆発させた。
ら、突然ガバッと背後から抱き付かれてしまった……専務に。
しかも、専務は手を伸ばして、しっしっ!とばかりに、碧生くんの手を私から引き剥がした。

「……はいはいはい。」
碧生くんが肩をすくめて、私から少し離れた。

「そうそう。離れて離れて。にほちゃんは、既婚者は対象外だぞ。」
専務はぎゅーっと、私を抱く腕に力を込めて、そんな見当違いなことを言った。

……何、言ってんだ、このヒト。

「専務も!離れてください!しっしっ!……薫の優勝を応援しなかった専務とは、喜びを共有できひんでしょ!」
そう言って、ぐりんぐりんと身体を捻って、専務から逃れた。

「……なるほど。それもそうだな。」
専務は残念そうにそうつぶやいて、ジャケットの胸ポケットから折り畳んだお札を出した。
ゴールドのマネークリップに挟んだお札……このヒト、もしかして、硬貨は持たない主義?

「はい。これ、車券代。交わしの交わしは、またチャレンジするよ。」
専務はそう言って、1万円を碧生くんに渡した。

「……泉さんの出走するレースのほうが可能性高いと思う。まあでも、統は、交わしの交わし、成功しそうだね。」

碧生くんは専務からお金を受け取りながら、意味ありげに私を見た。
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