専務と心中!
「はい。先ほど、南部室長から内々の話とうかがいました。」
私もまた会社員らしく、背筋を伸ばしてそう答えた。

専務は満足そうにうなずいて、図面を見せてくれた。
「資料庫は、美術館の峠先生の監修で、可動式の天井までの書架を詰めて置く予定だ。役員フロアは365日24時間エアコンが稼働しているので湿度管理も楽だしな。」

へえ。
峠さんのことを、専務は「先生」と呼ぶんだ。
なんか、新鮮。
これからもいっぱい教えていただく予定だし、私も真似しようっと。

「社史編纂室には、各自のデスクとパソコン、共有の作業台、複写台、応接セット。それから、壁にはぐるりと書架。……他に必要なものはあるか?」

「……新聞や古い資料のマイクロフィルムのデータ化は、峠先生が既に終わらせてくださってるから、マイクロリーダーも要らないし……」
碧生くんが口を開かないので、私は現在の編纂室でほぼ使われることのなくなった古いマイクロリーダーはココに持ち込まなくていいことを一応確認した。

「ああ。冷蔵庫や電子レンジは給湯室のを使ってくれ。そのあたりの詳しいことは秘書課と相談してくれ。」

ヒクッと、片頬が引きつった。
……秘書課、ね……はは。


「ねえ?これ、不自然じゃない?」
やっと顔を上げた碧生くんが、指差したのは……壁?

いや、違う。
一部分だけ他の部分と異なり、薄めの線が弧を描いてある。

これって、ドア?
廊下に面したドアがあるのに、壁、それも専務の部屋側の壁にドア?

てか!
この部屋の壁には、それっぽい扉は見当たらない。

えー?
まさか、わざわざ、壁をぶち抜くの?
そこまでして、この部屋と直結させる意味って……。

専務はばつが悪いらしく、少し赤くなっていた。

「統(すばる)、公私混同にも限度があるんじゃないの?これは、ひどいわ。」
碧生くんがそうからかうと、専務は口をとがらせた。

「だって、そのドアの開閉は秘書室で把握されてるから、気軽に出入りしにくいんだ。……じゃあ、いっそ、壁全部取り払って、一つの部屋にしようか?」

まるで駄々っ子のようなことを言い出す専務。
さすがに、呆れたわ。

……でも……かわいい、とも思ってしまった。

参ったな。
私、この、困ったヒトのこと……ホントに、好きなんだ……。

会社の専務でも。
おじさんでも。
子持ちでも。
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