専務と心中!
専務が用意してくれた服もまた、いかにも高そうなんだけど……流行とか関係なさそうな、独自のおしゃれを貫いたものだった。
ぶっちゃけ……ダサい。

「斬新ですね。」

縹(はなだ)色の腰を絞ってないドボーンとした上半身からのマーメイドスカート。
……大仰だし、ものすごく歩きにくい。

足があまり開けないので、ちょこちょこと歩く私を専務は愛しそうに見つめていた。

「ゆっくり朝食を楽しむ時間はないのが残念だな。」
「遅刻するわけにもいかへん……か。……あ!でも、ちょっと待って。」

……あまり時間がないことはわかっている。
でも、朝日でキラキラ輝く湖面がすごく綺麗で……

「……いいもんだな。」
専務はそう言いながら、私の肩を抱き寄せた。

「うん。……穏やかで、優しくて……いいね。」
専務の胸に頬を擦り付けた。

「また、来よう。……なんと言っても、琵琶湖は『にほのうみ』だからな。」
「うん。……もうちょっと行った先……浜大津の向こう側あたりは、におの浜って住所みたいよ。……ほら、昨日から社史編纂室に来てくださることになった遥香さん。彼女のご実家がそのあたりですって。」

そう言ったら、専務が柔らかく微笑んでくれた。

「そうか。にほちゃんのうみ、にほちゃんのはま……なんだか、琵琶湖が好きになったよ。」
「え?いまさら!?琵琶湖の水を飲んで育ったのに?」

京都市民の大多数が、水道をひねれば琵琶湖の水の出てくる環境にいる。
なのに、ちょっと意識が希薄なんじゃない?

「……まあ……うちは井戸水だから。」

言いにくそうに、そうぼやいてから、専務は私の頬に唇を寄せた。

「これからは、にほちゃんと一緒にこの湖も愛でよう。」

調子いいなあ、と思わないでもないけど……
「……うん。」

やっぱりうれしくて、私は専務を見上げて唇へのキスをねだった。


2人で、さざなみの美しい琵琶湖を眺めた。
穏やかなのに、キラキラ輝く波。

この朝を一生忘れない。
専務と、そう誓いあった。


……まさか、違う意味で、本当に忘れられない日になるとは思わなかった。

いったい、誰が想像しただろう。

この美しい湖に……それも、専務と私が結ばれたその夜に……椎木尾(しぎお)さんが身を投げるなんて。
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