吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
◇ ◇ ◇
「いいじゃん。地道に平社員から始めなくても、いきなり重役だろ?」
「重役って。田舎の八百屋ですよ」
俺はバイト先のレンタルショップの控え室で、休憩中の菊池さんにからまれていた。
「この御時世。就活しなくてもいいなんて、恵まれた境遇を自ら捨てるととはねぇ」
そういう彼は大学在学中に内定がもらえず絶賛フリーター中の身で、卒業を数ヶ月後に控え、小さいながらも飲料メーカーに内定をもらっている俺をチクチクといびるのが、最近のストレス発散法になっているようで。
ほれ、と食べていたドーナツを半分割ってくれるあたり、悪い人じゃないんだけどね。
「八百屋じゃないだろう?スーパーのチェーン店だって言ってたじゃないか。この、お坊ちゃま」
「そんなすごいもんじゃないんですって。父親が社長で義兄が専務って感じの、家族経営だし」
もともと俺の実家は、八百屋を商いつつの兼業農家だった。
だけど、ご近所の要望で野菜以外に置く品物をどんどん増やしていった結果、店はいつしかスーパーのようになっていた。
八百屋から始めただけに、店頭に並ぶ野菜の新鮮さを武器にして、調子に乗った親父は県内に店舗を広げている。
両親は、俺が大学を卒業したら、当然地元に戻って家業の手伝いをすると思っていたらしいのだけど。
「野菜嫌いが八百屋なんて、なんの冗談だよ」
本音をため息と一緒に吐き出すと、ケホッとまた咳が出た。
「なんだ、風邪か?そういやぁ、声がおかしいな。・・・・・・感染すなよ」
眉をひそめた菊池さんは、目の前に並べたお菓子の山を自分の方に引き寄せて囲い込む。
せめてそのせんべいを一枚、お恵みくださいまし。
鼻をすすりながら頼んでみても、早く仕事に行けとシッシッと手で払われてしまう。
時給の高い夜のシフトを多めに入れてもらっているから、お客さんは多くなるのに人手は減る。
勤務時間10分前だけど、早めに店舗へ出ることにした。