吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
サボっていたと思われた?
「なんでしょう?」
冷たい視線を覚悟して対応すれば、思いのほか柔らかく彼女の目元が下がる。
「お忙しいところすみません。探している映画が見つからなくって」
「あ、はい。タイトルは・・・・・・?」
彼女が告げた題名は少し前にアメリカで大ヒットしたもので、イケメン俳優の競演にクラスの女子が湧いていたのを思い出す。
「あぁ、それはホラーじゃなくて、こっちです」
反対側の列に案内して、確かこの辺に・・・・・・と手を伸ばす。
よかった。レンタル中じゃない。
「こちらですね」
ケースを手渡せば、嬉しそうなほわりとした笑顔が返ってくる。
「ありがとうございます」
宝物を手にしたみたいに頬を染めた彼女のやけに無邪気な表情に、不意打ちを食らった俺の心臓がドキリと大きな音を立てた。
それに呼応したように咳がぶり返し、俺はあまりの苦しさに身を二つに折る。
「大丈夫?」
心配そうに覗きこんだ彼女の顔は、とたんに「おねえさん」に戻っていて。
「風邪?酷くならないうちに、病院に行ったほうがいいわよ。今年もインフルエンザが流行りそうだから」
それって、毎年テレビでいっていないか?そんな天邪鬼な疑問が脳裏をかすめる。
「ありがとうございます。でも、最近引っ越してきたばかりでこの辺の病院がわからなくって」
本音を言うと、風邪薬どころか医者になんか医者にかかっている余裕などないのが現状だ。
情けない自分の懐に苦笑いを浮かべて応えると、彼女は肩に掛けていたカバンの中から何かを取り出した。
「はい」と白い手のひらに載せられて差し出されたのは、個別包装のフルーツ味のノンシュガーのど飴が数粒。
それを反射的に広げて出した俺の左手のひらに落とす。
「そこの通りを少し行った所に小さな診療所があるの。お爺ちゃん先生だけど、腕は確かだから」
飴玉と仄かな石鹸の香りを残して、颯爽とレジカウンターへと向かっていった。