吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
「大丈夫ですか?どうされました?」
耳に心地よい少し低めの落ち着いた声と微かに届く石鹸の香りに、落ちそうになっていた瞼をこじ開ければ、ぼんやりと滲む視界に見覚えのある顔が映り込んで安心する。
そちらへ向けて伸ばした右手が温かな手に包まれると、緩んだ俺の気力の糸はプツリと切れた。
◇
医療機関独特の匂いが鼻について目を覚ますと、無機質な天井が目に入る。蛍光灯の眩しさに目を細めていると、頭髪の寂しい白衣の顔が覗きこんだ。
「おや、気がついたかい?」
「っ!すみません。俺、寝てました?」
起き上がろうとして、腕に透明のチューブが繋がっていることに気づく。生まれて初めての点滴・・・・・・。
「ほんの少しだけ、ね。悪いけど、寝ている間に診察をさせてもらったよ。事後承諾で悪いけど、念のために血液検査も」
点滴と反対側の腕に目を向けると、小さな絆創膏が貼ってあった。
「・・・・・・ありがとうございます」
先端恐怖症の俺。意識がなくてかえって良かったかもしれない。
「インフルエンザは陰性だったから、風邪と過労というところかな?それから――、ちゃんと食事は摂っているのかい?酷い顔色だ」
先生の優しげな顔の眉間にシワが寄った。空いている方の手で顔を撫でれば、確かに最近になって少し痩けたような気もする。
やっぱり食生活に問題有り、か。
点滴のお陰か身体が少し楽になると、現金なもので空腹を思い出した。
「ここは初めて来たみたいだけど、おうちは近くなの?」
空になりかけた点滴の速度を調整している看護師さんに訊ねられ、それほど広くない診察室内に視線を巡らしたけど、あの人の姿は見つからなかった。
「えっと、けっこう近いんですけど。さっき、外まで来てくれた彼女――」
「あぁ。真澄ちゃん?」
「そうそう!マスミさんに教えてもらいました。腕の良いお医者さんがいるって」
「へぇ~」
気のない返事を返す看護師さんは、適当に話を合わせた俺に不審感も抱かず、点滴の終わった針を腕から引き抜き、手際よく止血する。
思いのほか太い針先を目の当たりにして、またくらりと目眩がしそうになった。