吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
「お世話になりました」
処置が終わってお礼を言うと、先生はまるで田舎の祖父ちゃんみたいに心配そうな顔をした。
「大丈夫かい?一人で帰れる?おうちの人を呼ぼうか?」
「平気です。それに、俺、一人暮らしなんで」
冷え切っているであろうアパートの閑散とした暗い部屋に思いを馳せると、惨めな自分にふらっと立ち眩みがして椅子に座り込んだ。
「う~ん、やっぱり心配だな。そうだ。半井(なからい)さん、今日はもういいから、彼を送ってあげて。知り合いなんでしょう?」
ナカライさん?誰だろうと思っていると、
「はぁ?」
覚えのある声が受付の方から聞こえて、のど飴の彼女が目を瞬かせている。
ということは、それが彼女の名前でいいのかな?なにやら看護師さんたちと小声で話している紺の千鳥格子のベストの胸を見れば、名札に『半井真澄』とあった。
ん?待てよ。それより、妙なことを言っていなかったか?
待合室の椅子で空耳が聞こえたのかと頭を抱えていたら、受付から消えた真澄さんと入れ替わりに看護師さんがやって来て会計を促す。なんとか手持ちの現金で足りてホッとした。
「これ、処方箋。真澄ちゃんが帰り支度している間に、隣の薬局でお薬を貰ってきてね」
「え?でも迷惑じゃ・・・・・・」
「途中で行き倒れられても困るし。それに女はね、たまには頼られるのも嬉しいもんなのよ」
肉付きのいい腕でバンッと背中を叩かれれば、勢い余って椅子から転げ落ちそうになった。
◇
思いもよらぬ誤解曲解の末、現在の俺は、真澄さんと並んで寒風吹きすさぶ夜道を歩いている。
マフラーに首を埋め、手袋の両手に白い息をかけて無言で歩く彼女は、たぶん俺のことに気づいていない。
そりゃそうだろう。
たった一度、店で会った一店員なんて、俺だって普通は覚えてやいない。
「……すみません。迷惑かけちゃって」
気まずい雰囲気に耐えられず、とりあえず謝ってしまう俺。
すると、真澄さんは小さな顎に手を添えて首をこてりと傾げた。
「それは構わないんだけど。私達って、知り合い?」
と、問われれば。覚悟はしていたけれど、ちょっと落ち込む。
そんなに俺って、印象薄いですか・・・・・・?