吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
身も心も温まり、ほっと一息。食後のお茶を頂いていると、真澄さんが横にきて正座する。思わず俺も、こたつから出て正座の膝を突き合わせた。
「ひとつ、聞いてもいいかな」
「はいっ、なんなりと!」
険しい顔で見据えられれば、おのずと背筋が伸びる。なんですか、この半端ない威圧感。
「筧君。キミ、ほとんど野菜を食べなかったでしょう?」
ギクリ。俺の肩が大きく跳ねる。
やっぱりそこ、気づいちゃいましたか。
「ネギやシイタケはもちろん、白菜だって芯の部分を除けてたよね?」
よくご存知で。
顔ごと視線を逸らした俺の頬を、彼女は両手で挟んで元に戻した。
いろいろな要因で熱くなっていた顔に、ひんやり冷たい手が心地よい。じっと目を合わせられれば、ますます顔が火照る。
「・・・・・・嫌い?」
「えっ?」
切なげに小さな口から零れた言葉が、俺の思考と呼吸を停止させた。
「野菜、嫌いなの?」
「――はぁ?」
「そんなんだから、風邪なんかひくのよ。ちゃんと栄養バランスを考えて食べなくっちゃ。
若いうちはそれで良くても、後々つけが回ってくるんだから」
呆気にとられていると、「オバさんからの忠告」とデコピンが飛び、その鈍い痛みが俺の意識を覚醒させた。
「・・・・・・です」
「ん?」
「真澄さんは、オバさんなんかじゃないです」
腿の上で作った拳が微かに震える。
「俺の姉ちゃんの方が何倍もオバちゃんですっ!年子の子どもの世話で大変なのはわかるけど、美容院にだって年に一回行くかどうかって感じだし、服だっていっつもダボっとしたヤツばっかで、身体の線を隠しているし」
年に数回しか会わないせいか、見るたびに老けていく。それに比べたらって、比べるのも失礼だ。
「・・・・・・キミのお姉さんっていくつ?」
「もうすぐ29ですけど」
あからさまに肩を落とした真澄さんが、苦笑いを浮かべた。
「私、お姉さんより年上よ。なのに独身、結婚の予定も全くなし。逆に、家事に育児に奮闘しているキミのお姉さんが羨ましいわ」
おもむろに立ち上がると、腰に手を当てため息を吐く。
「お腹が落ち着いたら送っていくから。それと、ちゃんと野菜も含めてご飯を食べなさいね。自炊もハマれば面白いわよ」
鹿爪らしくお説教して台所に片付けに行こうとする彼女の手首を、俺は無我夢中で掴んでいた。