吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
内側にペコリと頭を下げて。
「お世話になりました」
「大丈夫かい?一人で帰れる?おうちの人を呼ぼうか?」
孫に言うように院長が心配する。まぁ、実際お爺ちゃんなんだけど。
「平気です。それに、俺、一人暮らしなんで」
言った側から、ふらっとよろけて椅子に座り込んだ。
「う~ん、やっぱり心配だな。そうだ。半井(なからい)さん、今日はもういいから、彼を送ってあげて。知り合いなんでしょう?」
「はぁ?」
「貧血と栄養失調気味だから、何か栄養のあるものを食べさせてあげてね」
看護師の国枝(くにえ)さんが、近寄ってきて私の脇腹を突きながら小声で囁く。
「あんな若い彼氏がいたなんて知らなかったわ」
「へっ?」
「今度、ゆっくり話を聞かせてね。さぁ、早く支度して!」
事態が把握できないまま、私は帰り支度を急かされ、少し足取りがしっかりしてきた筧君と一緒に帰宅する羽目になった。
「……すみません。迷惑かけちゃって」
「それは構わないんだけど。私達って、知り合い?」
率直な疑問を投げかかる。院長といい国枝さんといい、何か誤解があるようだ。
すると筧君は、悪戯が見つかった仔犬のような視線を向ける。
「俺が、貴女にあの診療所を教えてもらったって言ったから。――覚えてないですか?」
ポケットの中からごそごそと取りだしたのは、コンビニでも買えるのど飴。不意に甦る、数日前の記憶。
「あ゛~!あの時の!!」
◆
近所にあるレンタルショップに行った日。目的の映画が見つからなくって、近くにいた店員を呼び止めた。
そしたら、やけにガラガラ声で答えてくれて。
「風邪?酷くならないうちに、病院に行ったほうがいいわよ。今年もインフルエンザが流行りそうだから」
「ありがとうございます。でも、最近引っ越してきたばかりでこの辺の病院がわからなくって」
それがあまりに辛そうな声で、思わずいつもバッグに入れているのど飴を幾つか渡して。
「そこの通りを少し行った所に小さな診療所があるの。お爺ちゃん先生だけど、腕は確かだから」
◆
――あの時の店員。
「やっと思い出してくれた」
ほわりと笑った彼が足下からくずおれ、視界から消える。
「実は昨日からほとんど食べてなくって……」
しゃがみ込んだその場所は、くしくも私の住むマンションの真ん前だった。