吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
なにか腹に入れて温まれるもの――。
「台所借りますよ」
ウチにあるものよりずっと大きな冷蔵庫の中身を物色する。
肉に魚、野菜もたっぷり詰まっているのに、俺にはこれを調理する腕がない。
こんなことになるのなら、真澄さんに手取り足取り教えてもらっておくんだった。
後悔に苛まれながらいくつかの材料を取り出した。
とても料理などとは言えないけれど。
牛乳を小鍋で温め、生姜をおろして絞り汁を垂らす。黄金色の蜂蜜で味を調えてマグカップに注いだ。
野菜室の片隅にあった柚子は、この前祖母ちゃんが冬至用にと送ってくれていたもので。その皮をさっと摩ると懐かしい香りが漂う。ほんの少し、香り付けに乗せて完成。
俺が子どもの頃風邪をひいたときに、祖母ちゃんがよく作ってくれたホットミルクだ。
「冷蔵庫の中身、使わせてもらいましたよ。たぶん大丈夫なはずです」
ベッドに起き上がった彼女に手渡した。
「――美味しい」
あぁは言ったものの、その一言に胸を撫で下ろす。
滑らかな頬に少し色が戻ったようだ。再び布団に入るように勧めてから、
「何か食べられそうですか?コンビニくらいしか開いてないけど、買ってきますよ」
苦い経験から、腹が減っては病には勝てないと知っている。作るのは無理だけど、せめてこれくらいはさせて欲しい。
立ち上がろうとした俺の腕に、重みがかかった。
「いい。要らないから」
鼻にかかった涙声で止められ、俺の動きがピタリと止まる。
失敗作のロボットのようにぎこちなく首を巡らせば、布団をすっぽりと頭から被った彼女の顔は見ることができなくて、残念な反面、俺の情けない顔を見られなくて良かったとも思う。
「――ありがとう」
続いた揺れるくぐもった声が、俺の脆弱な理性を攻撃する。
もう、なんなんですか、その反則技は。そんな声を聞かされたら、一人で置いておくことなんかできなくなるじゃないですか。
心を落ち着かせるために溜めていた息を吐き出し、ベッドの縁へ腰掛けた。
「なんで知らせてくれなかったんです?」
教えてくたら、どこにいたってすっ飛んできたのに。
そんなに俺って、頼りになりませんか?無意識に言葉の端がささくれる。