吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
すると彼女は掛布団から目だけを覗かして、困ったように眉を下げた。
「連絡先を知らなかったから。無駄足、踏ませちゃったね。忙しい中せっかく来てくれても、何も用意できかったよ」
「そんな事を言っているんじゃなくてっ!」
なんで、そんなに一人で頑張ろうとするんですか。
もっと頼ってください。あなたを守らせてください。
俺だって――男なんです。
自分の失態を棚に上げ、苛立ち紛れに、寝ている彼女の顔の両脇に手を突いた。
下から俺を見上げる瞳が驚きで見開かれ揺れている。それがふいに曇って、自分が今、彼女にしていることに冷や汗をかいた。
まただ。また、やってしまった。
これだから俺はまだガキなんだ。
後悔に眉を寄せると、ゆるゆると細い腕が伸びてくる。
「やっぱり、ご飯じゃ足りないのかな?」
吐息混じりに紡がれた言葉の意味が、錯乱した俺の頭には理解できずにいた。
「……何?」
最高の料理を作ってくれる優しい指先が俺の頬に触れ、ビクリと肩が跳ねる。
「いいよ、少しだけなら。クリスマスのごちそう、用意できなかったからね。ちょっと薬臭いかも知れないけど」
身動きが取れずにいると、彼女は譫言(うわごと)のように呟いておもむろに瞼を下ろした。
目の前に差し出された白い首筋。俺は、真澄さんの体調も忘れてごくりと唾を飲み込んだ。
「本当に、いいの?」
どくどくとうるさい心臓の音を感じながらも、街灯に群がる蛾のように、卑しくも俺は、彼女の無防備な喉元に吸い寄せられていく。
「どうぞ。でも200mlくらいにしてね。400はキツいかも」
乾いた唇に彼女の熱が感じられるまで近づいた俺の耳元で、奇妙な囁きが紡がれ、はたと動きを止めた。
ちょっと待て。
どうやらこれは、以前掘った墓穴がまだ埋まっていなかったようで。その穴の深さが恨めしく。
俺が欲しいのは、あなたの血じゃなくて、あなた自身なんです。
思わず自嘲の笑みを零すと、薄らとかいた汗が甘く香る首筋に唇を落とした。
これは、あなたというごちそうの予約の印。
「ごちそうさま」
いまはその寝顔だけで我慢します。
だから、早く元気になってください。
微かに笑みを浮かべ薄く開いた彼女の口元からは、穏やかな寝息が漏れていた。