吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
彼の口角が上がり、薄い唇の隙間から尖った白い犬歯を覗かせる。
「実は俺、吸血鬼なんです。だから真澄さんの血、吸わせて下さい」
赤い舌が、唇についていたヨーグルトをペロリと舐め取った。
扇情的とさえ思える見た事のない彼の表情に、視線を逸らすことができない。
ゆっくりと近付いてくる唇。露わになっている首筋にかかる熱い息に、思わず瞼を閉じて――。
「何バカな事言ってるのっ?」
筧君の肩を思いっ切り押し返した。
「そんなわけないじゃない。だいたい、吸われた人も吸血鬼になっちゃうんでしょう?そんなのまっぴらゴメンよ。私は、餃子もペペロンチーノも大好きなの!」
一息に言い募り立ち上がると、料理の残りを容器に詰めて、唖然としてる筧君に押しつけた。
「これだけあれば何日か持つでしょ。君と違って、私は明日も朝から仕事なの。冗談を言っている暇があったら、もう帰ってもらえるかな」
時計はもう0時を指している。まだ若い筧君には分からないでしょうけど、お肌の曲がり角を過ぎた女に夜更かしは敵なのよ。
「……真澄さん。ゴメン、俺――」
私は、叱られた仔犬みたいにオロオロと言い訳をしようする筧君を、スッパリと無視する。
渡された荷物やコートを手に掛けた彼の背を押し出すようにして、バタンと扉を閉めた。
閉じたドアに背中をつけて、ヘナヘナとへたり込む。
いまさらながらに上ってきた熱が顔を覆い、温度を失った手で真っ赤になっているはずの耳を冷やした。
三十路女をからかうのもいいかげんにして欲しい。ワンコのくせに。8歳も年下のくせに。
――そして。八歳も年上なのに。8歳も年上だから?余裕のない自分に幻滅した。
次の日も。その次の日も。筧君は変わらずにやって来て。
けれど私は先に用意しておいた料理を渡すだけにして、部屋には上げなかった。
「真澄さん、話だけでも……」
「悪いけど。今、インフルエンザがすごくって、診療所が忙しいの。疲れも溜まってきてるし、ここで私まで罹るわけにいかないから」
事実で武装し、けんもほろろにに追い返した。
それでも彼のためにメニューを考え作り続けていたのは、きっと末端でも医療に従事する者としての義務感から。
そう自分に言い聞かせながら。
そんなやり取りが何度か続き、街がクリスマスカラー一色になった頃。
筧君はパタリと来なくなった。