吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
◇
やっぱり悪い冗談だったのよね。
休診日の黄昏時。買い出しに行ったスーパーの帰り道で通りかかった木造アパート。日当たりの悪そうな北側のキッチリとカーテンの締まった二階の角部屋を見上げた。
カルテにある筧君の部屋。
職権濫用。個人情報保護法違反。ややもすると、ストーカー行為で訴えられます。
そそくさと退散しようとした私の背中で、カンカンカンと階段を下りる音が響く。
急に速さを増した鼓動を宥めながら、ゆっくりと振り返る。
……全く知らない人が、訝しげな視線を投げて反対の方向へ歩いて行った。
ま、そんなもんだよね。いったい、自分は何を期待していたのだろう。
乾いた風がむき出しの頬に突き刺さる道を、自宅に向かって歩き出す。
家々で煌めき始めた電飾が目に痛くって、ずっと下ばかり見ながらテクテクテク。
ん?
いったん立ち止まり、再びテクテクテク。
っ!?やっぱり、私以外の足音がついてきてる!!
足を速めれば、同じように音が続いて。
もうすぐマンションに着く。けど、このまま入ってしまっても大丈夫だろうか。
一緒に入って来たら?
緩んだ歩みに足音が近付いて。
「――真澄さん?」
「ひゃっ!」
買った物を放りだして頭を抱えてしまってから、ようやく気がついた。
「筧君、なの?」
「見かけて追いかけたんだけど。真澄さん、歩くの早い」
膝に手を当て弾む息を整えながら、額に薄らと汗をかいているその顔は、相変わらず白い。っていうか、前より青白くなってない!?
「ちょっ!また体調悪いんじゃないの?ちゃんとご飯食べてる??」
両手で顔を挟んで上を向かせると、彼はクニャッと眦を下げ。
そこには、私の知っている叱られた仔犬がいた。
「ここのところ、忙しくしてて。カップ麺とか菓子パンとかで過ごしてました」
あぁ、もうっ!生き物を飼ったら、最期まできちんと面倒を見なさいっていう事なのね。
私は散らばった食材を手早く拾い集めると、筧君の冷たい手を掴んで一緒にマンションに帰った。
鍵を開けて冷え切った部屋のドアを開ける。
「どうしたの?早く閉めないと寒いじゃない」
振り返ると、ドアの前で立ち尽くす彼の額に困惑の八の字が浮かんでいた。
「入ってもいいんですか?俺、また……真澄さんを襲いたくなるかもしれない」
私の視線が彷徨う。あれね、吸血鬼ってやつ。
あ~、コホン。