吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
「そ、そう。じゃあ、今日はおかずを多めに持って帰って。ご飯くらいは炊けるよね」
「あのっ!24日は来ますから、絶対!!」
24って、クリスマス・イブ?脳裏に浮かんだ淡い期待を振り払う。ただの偶然だろう。
「忙しいんでしょ?じゃあ、日持ちがする物をいっぱい作っておくわ。容器、足りるかなぁ」
視線を手元に落としたまま紡いだ言葉に、溜息が重なった事には気付かないふりをした。
◇
数日後の22日の昼休み。
なんとなく身体の節々が痛む事に気付いた。心なしか寒気もする。
「あ~、ついに被害者が出たか」
国枝さんが体温計を眺めながら溜息を吐く。
被害者、つまりインフルエンザ罹患者の私。予防接種したんだけどなぁ。
これ以上の被害者を出さないためにも、薬をもらって早退させてもらうことにした。
「すみません。年末も近くて忙しいのに」
「パートさんも来てくれるから大丈夫よ。気にしないでゆっくり休んで、しっかり治してから出てきてね」
温かい声に送り出されて、戻った自宅のベッドに早々に潜り込んだ。
あ、そうだ。筧君に24日は来ないように連絡しないと。携帯をゴソゴソと取り出してから、枕に突っ伏した。
私、彼から携帯番号もメアドも聞いていなかった。
名前と住所、生年月日。カルテの中にあるコアな情報はある。でも夜にレンタルショップで仕事をしているという事以外、昼間の彼が何をしているのかなんてほとんど知らない。
どんどん上昇する熱に朦朧とした意識が、本当にバンパイアなんじゃないか、なんて途方もない思考の泡をポカリと浮かばせながら、グツグツと煮込まれていった。
翌23日は上がり止まった熱に浮かされながら、ほぼ一日中寝て過ごし、ようやく熱が下がり始めたのは、24日のお昼過ぎ。
冷蔵庫の中身も、調理しなければ食べられないような物ばかりになってしまったけど、さすがにそこまでの元気はまだない。
とりあえず、寝汗を流してさっぱりすると、まだ体力が戻りきっていないせいか、再びうとうとと眠っていた。
次に目が覚めたのはインターフォンの音。
すっかり暗くなっていた窓の外に彼が来たのだと悟り、ヨロヨロとモニターを映す。
そこに唐突に現れた白い――雪だるま?
「メリークリスマス!」
横から顔を出した筧君のはにかんだ笑顔が、病に疲弊していた心に染み込んでいって。