吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
「ゴメン。体調崩しててご飯作れなかった。伝染すといけないから、帰って」
絞り出した言葉に、彼の表情が変わった。
「――っ!?とにかく、ここ開けて下さい!!」
「でも……」
「開けてくれないと、表から大声で叫びますよ?」
渋る私を脅迫するとは、ワンコのくせに生意気な。
でもそれも困る。玄関先で追い返そうと、仕方なしに解錠した。
マスクを着けて玄関まで辿り着くとほぼ同時に、忙しげなインターフォンが鳴る。
私が細く開けたドアを、筧君はこじ開けるように身体をねじ込んで中に入ってしまった。
マスクにノーメイク。ヨレヨレのパジャマにカーディガンを羽織った姿の私に、彼は眉根を寄せた。うぅ、見苦しくってすみません。
俯く私のおでこに冷たいものが触れた。
「熱は?あぁ、ちょっと熱いかな。とにかく中に入って温かくして」
「えぇっと、伝染るからって言ったよね?」
「そんな事、病人が気にしなくて良いんです。ほら、早くベッドに戻って」
ひんやりとした手が私の熱を持つ手と繋がって。思わず視線が下がり、その先に見えた発泡スチロールの中の白い塊が気になった。
「それ、なに?」
筧君はまるでその存在を忘れていたように見遣ると、あぁと少し照れたように差し出す。
「クリスマスプレゼントです」
「……ありがとう」
困り顔の雪だるまがなんだか彼に見えて、クスリと笑みが零れる。
ゆっくりと溶け始めていた雪だるまを急いで洗面器に入れ、とりあえず出窓に置いた。
「何か食べました?薬は?」
「飲んだよ。食べ物は……作らなくっちゃ無い」
横にされた私が答えると、彼は「台所借りますよ」とキッチンへ向かう。カチャカチャと音が聞こえていたかと思うと、しばらくしてマグカップを手に戻ってきた。
「冷蔵庫の中身、使わせてもらいましたよ。たぶん大丈夫なはずです」
熱いカップから、ほわりとした湯気と一緒に仄かに甘酸っぱい香りが立つ。
「――美味しい」
生姜と蜂蜜、それに柚子?ほっこりと身体が温まるホットミルク。こんなものが作れるなんて、なんだか反則だ。
空になったカップを受け取ると、筧君は私をまた布団に押し込んで顔を覗きこむ。
「何か食べられそうですか?コンビニくらいしか開いてないけど、買ってきますよ」
立ち上がろうとした彼の腕をとっさに掴んでいた。
「いい。要らないから」