ヴェロニカ外伝
マイクの趣味
 俺の名前はマイク。年齢、20代。趣味は洗濯。
 一日に一度、身に着けているものはきれいに洗いたいタイプだ。
 常に持ち歩いているカバンには、洗濯ロープが入っている。今使っているロープはなかなか優秀だ。賊を縛り上げたり荷物を縛ったり、命綱のかわりにしたり。
 たまたま寄った港で買い求めたロープがここまで万能だとは思わなかった。いい買い物をしたと、心からおもう。
 そんな俺が旅先で一番に気にするのは水場、それも、洗濯をして良い場所だ。
 場所によっては、「神聖な水場」だったり飲み水専用の水場だったりするから、気を付けないといけない。洗濯して良いとわかれば、嬉しくなってすぐに洗濯をする。

 そんな俺と正反対なのが、リーカ国の王女・ヴェロニカだ。
 奴は本当に洗濯に関して無頓着で、何日でも同じドレスで駆け回っている。
 今回の行軍は砂漠ばかり、すぐにザラザラになるというのに、奴はまったく平気な顔をして、砂だらけのドレスで荷馬車に乗り込んでくる。
 俺が
「洗濯しろ!」
 と怒鳴ると、あいつは井戸で水を被ったり、着の身着のまま川やオアシスで泳いで
「洗った」
 と言い張る。とんでもない王女だ。

 今でこそ、少ない水で効率よく洗濯できるようになった俺だが、最初のうちは洗濯をする余裕がなかった。
 なにせ今回は、とんでもない強行軍だ。通常なら十日程度の時間で駆けるところを七日で駆ける。
 オオスナグマに頻繁に遭遇するし、それはもう大変だった。
 しかしそれでも、洗濯をする機会に恵まれなかったわけではない。
 主に野営をする時だが、バケツや盥に水をもらって、ごしごしやった。 
 服の汚れがおちていくのを見るのは、実にキモチイイ。心の汚れまで落ちていく気分だ。
 問題はどこに干すかだが、この問題を解決してくれるのが、カバンに常備している洗濯ロープだ。
 ちょっとした隙間、ちょっとした枝、でっぱり……なんでも活用できる、まさに万能ロープだ

 だが、俺の趣味に理解を示さないヤツがいる。
 ヴェロニカだ。
 せっかくきれいに洗って干した洗濯物に、いつもケチをつける。下着を干すなだの、幅を取り過ぎだのと、うるさい。
 あいつは俺の事をデリカシーがないなどと非難するが、あいつは砂だらけのドレスをポイポイ脱ぎ捨てて、下着一枚という姿で素振りをする。
 砂が撒き散らされ、埃が洗濯物につく。そっちの方がはるかに迷惑だと思うのは俺だけだろうか。
 毎日荷馬車の掃除をする俺の身にもなれ!

 だから先日、ヴェロニカが脱ぎ捨てたドレスを洗濯してやった。
 丁寧にもみ洗いをして、レースやリボンが皺にならないよう気を付けて干す。
 干してみれば、こんな立派なドレスだったのかと、改めて思った。
 きれいなサーモンピンクがよみがえって、ドレスもうれしそうだ。
「おら、綺麗にしてやったぞ」
「わーお、マイクすごい! 心なしか軽くなったような……」
「洗濯を馬鹿にすんなよ!」 

 翌日から、俺の洗濯物の上にヴェロニカのドレスが脱ぎ捨てられるようになった。
 しかも、毎日毎日、砂だらけの泥だらけ、どうやったらこんなに汚れるのだろうか。一緒に行動している俺は、ここまで汚れないんだがな……。
「きゃー、マイク! ドレスにミルクこぼしちゃった、洗っといて!」
「お、おう。すぐにきれいに……って、まて! ヴェロニカ! ドレス脱いだままで、どこへ行く!」
「え? レースいっぱいの下着だから、ドレスに見えるでしょ」
 見えるわけがない! どうしてこいつは、こんなに無頓着なのか!
 仮にも一国の王女だぞ!
「だめ?」
「ダメに決まっている。せめて俺のジャケットを着ろ! ただし、汚すなよ、洗い立てのほやほやだ!」
 ったく、どういう神経してるんだ、あの女は!

 ……ぎゃーっ!
 俺のジャケットが、ビリビリのボロボロ……!
「汚してないでしょ! それに、破るなとは言わなかったじゃない」
「そういう問題じゃねぇ……。まさかこの革のジャケットを破るとは思わなかったんだよ!」
 どうしてくれるんだ! これは俺の一番のお気に入りなんだぞ……。
 裁縫道具はどこへやったかな、ああ、あった……。
 くそっ、ヴェロニカ! ぜってぇゆるさねぇからな! 
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