ビオラ、すずらん、年下の君
「考えておくよ」
こんな曖昧な返事にも袴田は
「本当?考えてくれる?」とパッと表情を輝かせた。
「…じゃあ、吉田君、また月曜日。今日はありがとね!」
スカートの後ろの捲れを直すような仕草をしながら立ち上がった。
「じゃな」
俺は通学バッグのポケットから、イヤフォンを取り出しながら応えた。英語のヒアリングの勉強をする為に。
でも、さすがにすぐに装着するのは気が引けた。袴田は電車が出発するまでホームに立ち止まり、手を振っていたから。
正直、手を振り返すのは恥ずかしいし、面倒くさかったけど、一生懸命なあいつがいじらしいと思った。
環境問題について語るアルベルトのナターシャの会話は、全く頭に入って来なかった。
俺の思考は、イタリアンレストランにいた時から止まっていた。
カワイイ上に聡明な袴田なら、俺なんかより、もっといい男がいるよ。
年上で、誠実な。
俺はお前の彼氏にはなれない。
あいつの言うとおりなんだ。
沢村の言うとおりだ。
でも、自分で気付かないふりをしていた。
街に出れば、あの人の面影を心の片隅で探してる俺がいるんだ。