ビオラ、すずらん、年下の君
俺はコーラとイヤフォンを通学バッグに押し込んだ。
いきなり、和香子が振り向いた。
不意を突かれて俺の手は宙に浮く。
あ、と思わず漏れた声を飲み飲む。
和香子の視線は俺をスルーし、違う方向へ向けられた。
コンビニから出てきたスーツを着た男に。
ペットボトルの飲み物を頬っぺたにくっ付けられて和香子が「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた。
「先に飲めよ」
男は和香子のツレだった。
30歳くらいの、がっしりした身体つき。イケメンじゃないけど柔和な眼差しを持つ男。
和香子とそいつはお似合いの大人のカップルって感じで。
俺は咄嗟にその場を離れた。
彼女に恋人がいたとしても、何もおかしな話じゃない。
でも、見たくなかった光景だった。
不覚にも涙が出そうになった。
和香子が手の届かない存在に思えた。
ーーこれは恋なんだ。
隣にいる男が彼氏かもしれないと勝手に想像して苦しくなる。
怯えた目をした袴田の気持ちがやっと分かった。片想いって、苦しいんだ。
和香子と男はタクシー乗り場まで行って、和香子だけが車に乗り、男はまた駅の方に戻っていった。
遠ざかっていくテールランプを見送る。
この時、俺は袴田と同じ目をしていたと思う。