楓の季節
4月最後の日の昼休みに、学内の掲示板に今年度の執行部員メンバーが貼り出された。
執行部員がが誰なのか、というのはみんなの関心事らしく、掲示板の前にはたくさんの人が群がっている。
みんなの目線の先にあるポスターには、メンバーの顔写真と名前、学年と所属学部が書かれている。

執行部員は学内でとても重要な役割を果たすので、こうして全生徒に発表し、一部のメンバーの決定に異議を唱える人が多い場合は、正当な理由がある場合に限り、本格的に始動する前にメンバーの入れ替えもありうるらしい。
メンバーの中に人格面や素行に問題がある人がいて、それを執行部やサポーターが審査期間内に把握しきれずにオファーをしてしまった場合のためだ。
もちろん、ただのやっかみや妬みで嘘の報告をする学生もいるので、異議が申し立てられた場合は、厳正な調査によって除名するか否かが決定される。

私が掲示板に目をやると、自分の顔写真が目に入ってしまい、思わず目を背けた。
やっぱり、自分の写真を見るのはなんだか気恥ずかしい。いつも何時でも、自分がどうしようもなく変な顔をして写っているように見えてしまう。
ふと、他のメンバーの写真に目をやると、そこに甲斐くんの写真も見つけた。
甲斐くんも執行部員なんだ…!
なにも聞いていなかったのですごく驚いた。
そして、隣にいる甲斐くんを振り返る。

ーー私は、執行部員になることを決めた次の日に、同じ班の夏目くん、九条さん、朱鳥さん、そして甲斐くんにはそれを知らせた。
「わあ、すごい!」
はしゃぐ朱鳥さんの横で、九条さんがとてもクールに、同時ににこやかに言う。
「あら、すごいじゃない。知っていた?この大学の執行部って、巷では『頭脳明晰・容姿端麗・文武両道・眉目秀麗・天与二物の集団』って言われているのよ」
「そうそう、かなり有名なんだよ?学内ではまるでアイドルみたいな扱いをされてるんだって。いいなあー!」
朱鳥さんが高いテンションのまま言う。
「そうだったんだ…。確かに、橘先輩も結城先輩も、顔が整っているよね?おまけに頭いいし」
他の執行部員は知らないので、その二人のことしかわからない。だけど、あの二人はまさしく、それらの四字熟語にぴったりと当てはまる人たちだ。
「やっぱ、御園生さんは頭良かったんだね。頑張れよ?」
甲斐くんが励ましてくれる。
「うん、頑張る…どれくらいできるかわからないけど」
苦笑まじりに答える。ーー

「あの時、甲斐くんなんにも言っていなかったじゃない!なんで教えてくれなかったの?」
思わず問い詰める感じの口調になってしまう。すると、甲斐くんが笑いながら言う。
「そりゃ、まだオファーが来てなかったからに決まってるじゃん」
「え、そうだったの?」
「そうだよ。御園生にオファーが来るのが早すぎたんだよ。あんなに早くに来るのはなかなかないらしいよ?」
「うそぉ…」
「本当だって。俺なんか、今週の月曜日だもん、オファーが来たの」
「そうだったんだ…。でも、よかった!甲斐くん一緒だと心強いもの」
なんか嬉しくて、私よりも背が高い甲斐くんを見上げて笑う。

掲示板の前から離れる時、ふとその前にいる集団の中の女の子と目があった。
なんだか睨まれた気がしたけど、すぐに目線が外れたので、多分気のせいだろう。


でも、次の日にはもっとびっくりする羽目になった。
学内の掲示板と食堂の壁に、ずらりと写真が貼ってあった。B5くらいのサイズの写真が、縦に5枚、横に20枚、合計で100枚貼ってあって、それだけでも結構圧倒されていたけれど、もっと驚いたのは、
「なんで私が写ってるの…?」
頭の中ははてなマークだらけだ。
その中に、一枚だけ見覚えのある写真があった。初めて授業があった日の昼休みに、樹兄、聖兄と私が芝生丘で写っている写真だ。
「あ、あの時に樹兄と聖兄が言ってたのはこのことだったんだ…」
ちょっと合点がいったかも。
でも、その写真だけではなく、他にも6、7枚ほど私が写っている写真がある。それも、撮られた記憶なんてない。
写っている場所は全部まちまちで、あるものは学食、あるものは桜並木の前、さらには新入生歓迎会の時の写真まであった。
貼り出されている写真の横に一枚の紙が貼られていて、そこにはURLと投票の仕方の手順があった。
「ってことは写真コンテストか何かかな?」
写真は大好きだ。だから、パニックがおさまると、じっくりと他の写真を見てみたくなった。
「あ、橘先輩もいっぱい写ってる…」
橘先輩を被写体としたものが、やはり7、8枚ある。
どの写真もすごく橘先輩の良さが出ていて、見ていて楽しかった。
日なたで撮られたと見える写真では、橘先輩のアッシュグレーの綺麗な髪の毛が、さらに日の光で綺麗に透けていて、まるでファンタジーの中に出てくる人みたい。
他にも、綺麗な女の人とか、格好良い人が写っているものもあった。
もちろん、人物が写っていない、風景だけの写真もある。
でも、どの写真も構図や色味も上手で、参考にしたくなるものばかり。
久しぶりにカメラを触りたくなってきたな。


家に帰ってから、聖兄と樹兄に今日みた写真の話をすると、樹兄がさらに詳しく説明してくれた。
「応募する写真はすべて、入学式から4月の3週目までに撮られたものじゃないといけないんだ。それを、まずはSCのメンバーがブレているものとブレていないものに分ける。さらに、写真部の部員たちが構図、色など、様々な角度から見て厳選し、最終的に100枚の写真が選ばれる。それを、大きめに印刷して学内に貼り出したり、ネット上にあるページにアップロードして、たくさんの人に投票してもらい、グランプリが決まる。でも、ここからが他の写真コンテストとは違うところだよ。投票部門には、写真部門と人物部門がある」
「え、人物部門?」
「そう。つまりは、他の大学で行われているミスコンテストやミスターコンテストの代わりってこと。普通はさ、色々と事前活動をして、自己PRとかいろんなイベントをやるでしょ?だけどうちの大学はそういうことをしないで、ただ写真だけの人気投票で決められる。男子と女子、それぞれ一番人気だった人たちがミスターとミスに選ばれる。まあ、学内では『王子』と『藤の姫』って呼ばれるけどね」
「へぇ…。で、選ばれた人たちはどうなるの?」
「まあ、その年々によるけど、一番大きいのは文化祭の時のメインイベントに出ることかな」
「うわ、選ばれた人は大変そうだね」
「そうだなぁ。ちなみに、聖は去年の王子だよ。な?」
樹兄が聖兄に同意を求める。
「え、そうなの?!」
なんかもう、この頃びっくりしてばかりだな。
「そうなんだよー。もうさぁ、選ばれたあとは大変だったよ?いろんな女の子に告白されるしさ、文化祭のときはメインイベントに引っ張り出されてファッションショーのモデルをやらされたし、大学案内に載せる写真の撮影とかもあったし…。ま、文化祭の時は僕の集客力で、うちの団体の出し物が大繁盛したけどね」
聖兄が前半はがっくりしたように、後半はイヒヒ、と笑いながら言う。
「聖は人当たりがいいからな」
樹兄も笑いながら言う。
この時私は、
『今年の姫に選ばれる人は大変なんだろうな…ちょっと可哀想かも』
と他人事のように考えていたのだった。
< 10 / 13 >

この作品をシェア

pagetop