楓の季節
ゴールデンウィーク明けの月曜日、授業が終わったあとの時間に、今年度執行部員が全員揃う初の顔合わせが行われた。
ミーティングが行われるのは、前回結城先輩に会った『学生自治会センター』の部屋ではなく、同じ建物の3階にある会議室らしい。
1階にあるくだんの部屋は、位置的にもキャンパスの中心なので、イベント時は司令塔となるらしい。
3階の会議室の扉をソロソロと開くと、中には10人ほどの人がすでに待っていた。
その中の1人がいち早く私に目をとめると、だだだっ、と駆け寄ってきた。
「あ、もしかしてあの噂の最年少?!」
私は、その人の勢いに思わず後ずさりをしながら、「はい…」と答えた。
するとその人は人懐っこい笑顔を浮かべながら、元気よく自己紹介をしてくれた。
「わー、やっぱり!私は倉間千夜(くらまちよ)、心理学科の2年生です!で、あそこに座ってる表情が乏しい男子が、私の双子の弟の一夜(いちや)。同じ学部学科なの。私は千の夜、一夜は一の夜、って書くの。二人合わせて『千夜一夜』だよっ!」
すごく元気な人だ。反対に、弟の一夜さんはとても静かな人みたい。双子なのに対照的…。
でも、倉間先輩たちの親御さんのネーミングセンスはすごく素敵だと思う。
「御園生楓です。よろしくお願いします」
「うんうん、よろしくねー!」
千夜さんはぴょんぴょんと元の席に戻ってしまった。
改めて部屋の中を見ると、見知った顔が3つあった。一番入り口から遠いお誕生日席に座っている結城先輩、その2つ右隣に座っている橘先輩、そして、比較的入り口に近いところに座っている甲斐くんだ。
「御園生さん、僕の隣に座ったら?」
甲斐くんが自分の隣の席をポンポンとたたきながら言う。
知っている人の隣に座ると心強いので、ありがたく思いながら座る。

そうこうしているうちに、全員揃ったみたいで、会長が「じゃあ、始めようかー」と声をかけた。
すると、一瞬でざわざわしていた部屋が静かになった。
のほほんとして見える会長だけど、その中にはすごいカリスマ性を秘めているのかも。
「じゃあ、一年生の新メンバーを最初に紹介します。まず成田久(なりたひさし)くん、彼には渉外担当になってもらいます。次に、菅原理奈(すがわらりな)さん、彼女は広報担当です。そして、甲斐志文くんは総務局に入ってもらいます。最後に御園生楓さん、彼女には財務担当をお願いします。4人とも、執行部にようこそ!これからずーっとよろしくね!」
会長が満面の笑みを浮かべてみんなを紹介した。
「じゃー、とりあえずみんな担当局別に分かれて、メンバーの簡単な自己紹介!その後に主な業務内容の説明と、これからの活動予定とイベントスケジュールを打ち合わせて、各自解散!以上!」
そういうなり、会長は椅子からバネ仕掛けのように飛び上がり、部屋の一角に行ってしまった。
なんというか…エネルギッシュで身軽な人だな。あの長身でどうやってそんな風に動けるのかが知りたい…

財務局担当の橘先輩、吾妻先輩、そして水野先輩と一緒に、部屋の隅に行き、そこにまあるく並んで座り込んだ。橘先輩がその場を仕切る。
「じゃ、まず簡単な自己紹介ね。国際教養学部3年の橘一です。よろしく」
言ったあとに、しっかりと爽やかスマイルを決め込んだ。
「文学部新聞学科2年の吾妻徹(あづまとおる)です。よろしくお願いします」
吾妻先輩は、すごく真面目そうな人だ。だけど、表情は柔らかくて親しみやすそう。
「総合人間科学部教育学科2年の、水野有彩(みずのありさ)です。よろしくね」
水野先輩は、目がぱっちりとしていて、ちっちゃくて可愛らしい人。
「国際教養学部1年の御園生楓です。よろしくお願いします」
「ねえねえ、17歳ってほんと?」
水野先輩が大きな目をさらに大きくして聞いてくる。やっぱりみんな聞いてくるのね…
「はい…一応」
「一応って…あははっ!でもいいなぁー、ピチピチの女子高生!若いよねー」
「有彩の方が小さいから小学生に見える」
吾妻先輩がボソッと突っ込む。
「てっちゃんひどい!私はれっきとした女子大生よ?女・子・大・生!」
水野先輩がぎゃーぎゃーと言い返す。それに、吾妻先輩は顔色を変えることなく冷静に突っ込む。
「それをいうなら、御園生さんもれっきとした女子大生だ。さっきの自分の言葉を撤回してから言え」
水野先輩と吾妻先輩の応酬が始まる。はたから見ていると、温度差の違いがすごく面白い。
笑いながら2人を見ていたら、橘先輩が申し訳なさそうに言う。
「御園生さん、ごめんね、この二人はいつもこうなの。一応付き合ってんだけど、口を開けばこれしか出てこないんだよね。あ、ちなみに、水野は吾妻のことを、『徹』をもじって『てつ』って呼んでる」
「そうだったんですね…」
そう言いながらも、水野先輩と吾妻先輩のやり取りから目が離せない。
「二人とも、そろそろ黙って」
橘先輩がそう言うと、二人はぴたり、と静かになる。でも、目線ではまだファイト継続中。

「じゃ、まず財務局がなにをやるのか、簡単に説明するね。大雑把に言うと、予算案の報告と作成、年間の出費の会計、あとは全体的に経費の無駄がないか、反対にもっと経費をつぎ込むべきところはないか、も見る。でも、一番大変なのは、あとイベント時に執行部に上がってくる資金申請書を見て、お金を動かすこと。これは、短期間で絶対にミスがないようにしないといけないから、一番難しい。ミスに対する代償が大きいからね」
「聞いてるだけで怖くなってきます…」
「この大学の運営に関するお金は違うところが動かしているけど、僕らは学生が運営するイベントやプロジェクトに使うお金を管理しているんだ。あとは、毎年行われる学生総会の時に、大学運営に関する予算案とか前年度の支出の報告を行うのもあるかな」
「はい…」
なんか聞いているだけですごくすごく大変そう。何より、思っていたよりも規模が大きい。
「普段は担当局別の週1ミーティングと、月1回の全体ミーティングがある。たまに、臨時のミーティングが必要になる案件が出てくることもあるけど、その場合はメーリングリストで随時知らせがいく。
でも、文化祭とかのイベント前になると、仕事が増えて、かなり忙しくなるんだ。一応、財務とか渉外って分かれているけど、イベントの企画とか案を出すのは業種に関係なくみんなでやるのがうちらの方針。だから、まずイベント前には全体で企画を練って、そのあと企画を詳細なところまで打ち合わせたら、雑務とか細かい仕事を庶務部に割り振って、本格始動開始。でも、イベントの企画は全部うちらで決めるんじゃなくて、事前に学生みんなから案を募集するんだ。それを踏まえて打ち合わせをして、最終的なものを決める、って感じかな」
「うちの方針は、『みんなで楽しむ!』だからね。楽しくなかったら意味がない。みーんなが楽しめて、それでいて完成度の高いイベントを作り上げるのが俺たちの仕事。だから、なるべく学生たちの意見は取り入れるようにする。そして、大きなものの最終判断は上に委ねられているわけだから、上をいかに説得してうんと言わせるか、も俺たちにかかっている。さらに、計画とか意見を細部まで検討して、上がイエスと言わざるを得なくさせるくらいまで整えるのも、俺らの仕事」
吾妻先輩が説明してくれる。
「吾妻の言い方はちょっと攻撃的だけど、確かにそういうのも仕事に含まれているよ。で、これから予定しているイベントだけど、一番直近に迫っているのがミスとミスターの選出で、そのあとに控えているのが最大のイベント、藤ノ宮文化祭。そのあとには特に決まっていないけど、誰かがいい案を出してくれたら、その度に随時開催していくって感じかな。ここまでで何か質問ある?」
「まだ消化するのに必死で、今の所ないです…」
「ははっ、御園生さんは正直だね。あと1つ付け加えると、新入生は、今年のミス・ミスターの選出には関わらなくていいことになっているからね。ぎりぎりまで知らずにいるドキドキを味わってもらいたいからさ。じゃ、御園生さんをメーリスに追加してから終わろうかな」
携帯を操作して、私のメールアドレスを画面に表示させると、橘先輩がすごいスピードでそれをパソコンに打ち込み、あっという間に登録が終わってしまった。

初めて執行部メンバー全員に会って思った事は、みんな美男美女ばかりだということ。
頭が良くて努力家な人たちは、それが顔にまで出るんだろうか…。
なんだか、私みたいなのがいていいのか、わからなくなってきた。
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