楓の季節
5月最終週の金曜日、3限が終わってどこでお昼を食べようか迷っていたところに、結城先輩からメールがきた。

今すぐ、執行部の部室に来てくれる?
絶対3分以内に、ダッシュでね!

え、3分以内にって…
なんて無茶なことを言うのだろうと思いながら、でもなにか理由があるのだろうと思い、言われた通り全速力で部室に向かった。
部室に飛び込んだ瞬間、結城先輩がにこっ、とした顔で時計を見てから携帯を見て、
「うん、きっかり3分だね」
と言った。
「あの…なんで呼び出されたのかわからないんですけど…」
「うんうん、まあとりあえず奥の部屋で着替えてきてくれる?かなちゃーん、案内してあげてー」
結城先輩が部室の奥に向かってそう言うと、佐々木先輩が部屋の奥にあるドアから出てきた。
「さ、早く来て!」
佐々木先輩はそう言って、私の手を引いて部屋の中に連れ込んだ。

「はい、このドレスを着てね。髪の毛は私が今から整えるから、あまり頭を動かさないで着替えて頂戴」
水色のAラインのフルレングスドレスを放り投げられ、慌ててそれを受け止めると、先輩は私の後ろに回って髪を梳き始めた。
「今日の服は前ボタンで開けられるでしょ?下着はそのままでいいから、ちょっと難しいかもしれないけど、下から履く感じで着てくれる?」
何がなんだかわからないまま、言われた通りに着替えると、
「ほら、中のジーンズも脱ぐ」
と言われて、あわててズボンも脱ぐ。
「はい、頭動かさない」
そう言いながら、髪の毛にスプレーをかけられる。スタイリング剤かな、と思っていると
「今のはただのヘアウォーターだから、気にしなくて大丈夫」
と先輩が言った。
「はい、靴はこれ履いてね」
そう言って、華奢でヒールが高いミュールを足元に放り投げられる。
「ちょっと乱暴だけど勘弁ね。はい、出来上がり!」
そう言って、部屋の外に連れ出される。
そこには、白いシャツにシルバーのベストを着た橘先輩と、他の執行部員のメンバーがいた。
「おおー、可愛いじゃん!よっし、みんなスタンバイ!」
結城先輩がそう号令をかけると、執行部員が3人がかりでブルーシートのようなものを持つ。
気のせいか、外がいつにも増してガヤガヤしている気がする。
執行部員たちは手に持っているシートを、私と橘先輩の周りを囲むように持つと、
「はい、外出るよー!」
結城先輩の指令で、みんなぞろぞろ部室を出て行く。
私はもう、何がなんだかわからなくて、隣に立つ橘先輩を見上げる。
「なんかこれさ、テレビで見る犯罪者が警察に連行されてる場面みたいだよね」
橘先輩が苦笑しながら言う。
「そうですね…って、何が起こっているんですか?」
「んー、こればっかりは自分ではどうにもできないんだよね。不可抗力」
あっけらかんとした様子で返されて、困ってしまう。
先輩は何が起きるのか知っているのに、なぜか教えてくれない。

そんなふうに話しているうちに、私たちは学生センター棟も出て、正面にある芝生広場まで来ていた。
周りの執行部員たちに誘導されながら、昨日まではなかった、芝生広場に設営されているテントの中に入る。
外が見えないので、周りがどうなっているのかはわからないけど、どうやら沢山の人がいるらしい。
すごく沢山の人のざわめきが聞こえる。
テントの中を見渡すと、他の執行部員の人たちはみんな悪巧みをしているような、ニシシ、という顔をしている。

と、急に外が静かになったので、どうしたのだろう、と思っていると、外からマイクを通した結城先輩の声が聞こえて来た。
『はい、藤ノ宮学園大学の皆さん、お待たせしましたー!みんながずーっと心待ちにしてきた、楽しみにしてきた、姫と王子のお披露目です!』
ーーえ、嘘…。姫?王子?まさか。
一旦静かになっていた人たちが、またピーピー、ガタガタという音や歓声をあげて騒ぐ。
「姫と王子どうぞ!って言われたら、腕組んでテントから出てステージに上がってね」
藤本先輩が言う。
『果たして今年の姫と王子に選ばれたのは誰なのか…とても気になりますね!』
結城先輩の言葉に、外の人たちがイェーイ!と答える。
『じゃあ…もう登場してもらっちゃいましょうか!では、姫と王子、どうぞ!』
え、早い早い!
あわあわと慌てる私を、諦めた感じで苦笑している橘先輩がエスコートしてくれる。
テントの外に出ると、目の前にはステージに上がる階段が4段続いている。
転ばないように気をつけながらステージに上がると、一気に歓声が上がる。
『今年の「藤の姫」と「王子」に選ばれたのは、国際教養学部1年の御園生楓、そして、同学部3年の橘一です!』
「「キャーッ!はじめさまーっ!!」」
「「楓ちゃーん!!」」
あちこちで黄色い声が上がる。
ステージの前の芝生広場には、見たこともないような人数の学生たちが集まっていた。
全然知らない人にまでちゃんづけで名前を叫ばれるのは、なんだかとても変な気分。
にしても、橘先輩の人気はすごい。女子はみんな目がハートになっちゃっている。

『2人とも、圧倒的な量の票を獲得し、見事今年の姫と王子に選ばれました!おめでとうございます!』
もう頭はショート状態で、動かなくなっていると思う。
隣で橘先輩が小さな声で「笑ってね」って言ってくるから頑張ってみてるけど、ちゃんと笑えているのかすらわからない。
『これから1年間、2人にはこの大学のミス・ミスターとして、様々なイベントに出てもらいます!今年の文化祭で2人になにをやってもらうか、それはみんなにかかっています!いろんなアイデアを募集しますので、好きなようにリクエストしてください!全部採用することはできませんので、一番多かったリクエストを採用します!みんな、いっぱいリクエストしてよー!』
結城先輩の明るい声に、みんなが歓声で答える。
『じゃ、今年の姫と王子のお披露目セレモニーはこれで終了となります!あと20分で次の時限が始まるので、みんな真面目に勉強しようねー!はい、解散!みんなダーッシュ!』
結城先輩の号令とともに、みんな本当に次の教室に向かってダッシュを始める。

私と橘先輩は執行部員たちに誘導されながら、部室に戻って急いで奥の部屋で順番に着替える。
着替え終わって部屋から出ると、結城先輩が悠然と椅子に座って私を見ながら笑っていた。
おもわず、
「なんでこんな急なんですかっ!めちゃめちゃ驚いちゃったじゃないですかっ!」
と噛み付いてしまった。
「いやー、ステージに上がってきたときの御園生さんの顔、すごくよかった!本当に心底びっくりしている顔だったねぇ」
カラカラと笑う結城先輩におもわずムッとしてしまう。
むぅー、と膨れているところに橘先輩がきて、頭をポンポンする。
「まあまあ、しょうがないよ。もう毎年の恒例行事だからさ、姫と王子になっちゃった人は逃げられない運命なんだよ。毎年選ばれた人はこういう目にあっているんだよ」
「運命って…」
「うん、もうだから諦めて割り切っちゃった方が楽だよ?ところで御園生さん、次の時限、授業あるんじゃなかった?」
橘先輩の言葉に慌てて時計を見ると、もう5分前だった。
「え、うそ!遅れちゃうっ!」
こんな時間だとは思わなかった…。今日はつくづくついてない日だと思う。
もしかしたら、私の無遅刻無欠席歴が今日で破れてしまうかもしれない。
なんて思いながら、私は次の教室に向かって全速力で走った。
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