楓の季節
大学生活2日目。今日は昨日とは変わって、すこし雨が降っている。
雨の日は、なんにも悪いことがなくてもなんだか気分が重くなる。
昨日初めて知ったのだけれども、入学式の翌日には学部別新入生歓迎会があるのが、藤ノ宮大学の決まりらしい。
聖兄が言うには、この新入生歓迎会にはそれぞれの学部の特色が出るので、これに出席するだけで大体どんな学部なのかが把握できるんだとか。
国際教養学部の特色ってどんな感じなのか、ちょっと気になる。

昨日配られた「新入生歓迎会のお知らせ」という紙には、

・立食パーティーであること
・フォーマルな格好をしてくること

が書いてあった。不思議なのは、会場が書いてなくて待ち合わせ場所しか書いていないところ。
聖兄に聞いてみても、意味ありげに笑って
「まあ、来ればわかるよ」
としか言わない。
でも、会場がどんな場所なのか知らないと、フォーマルな格好って言われても、実際にどんな格好をすればいいのか、全く見当がつかない。
「どんな格好をしていけばいいの?聖兄の時はどうだった?」
「うーん、僕の時のことを言っちゃうとバレるからな…よし、クローゼットを見せてみな。僕が決めてあげるから」
聖兄はそういうと、すたすたと私の部屋に入ってしまった。

私が慌てて追いかけて部屋に入ると、もうすでにクローゼットは大きく開け放たれており、聖兄がめぼしいものを物色していた。
「楓のイメージはクールビューティーだからな…色は黒だな。細身のものにすればスタイルが…」
なんてぶつぶつ言いながら探している。
「これがいいと思うぞ」
聖兄がそう言って私に見せたのは、去年の誕生日プレゼントにお母さんが買ってくれた黒のドレスだった。
切り返しがないけど、すごくカットが綺麗なので、着ると体にぴったりとフィットする。なにか特別な飾りが付いているわけじゃないけど、ベースの生地の上に細かい花模様のレースがあしらわれている。そのレースは膝丈の裾からすこしはみ出ていて、それがまたいい感じ。すごくお気に入りなんだけど、なかなか着る機会がなくて、しばらくクローゼットの中に眠っていたものだった。
「うん、それならいいかも」
「だろ?じゃあ、靴も僕が決めてあげよう。あ、髪型はウォーターフォールな」
聖兄はそう言うと、なぜかウキウキしながら、玄関に行って私の靴を探し始めた。

聖兄が玄関に向かったのと入れ替わるように、お母さんが部屋に入ってきた。
「また聖が楓を着せ替え人形にしてるのね?今日はどんな格好させられるの?」
聖兄が私の服をコーディネートしてくれるのは珍しいことではなく、うちでは当たり前のこととなっていた。
私が小さい頃からやってくれているので、聖兄は下手するとそこらへんの女子よりも、服の種類や靴・小物の合わせ方、また服装に合う髪型などに詳しいかもしれない。
たぶん、聖兄は自分のお嫁さんにも同じことをするんだろうな。
「今日は、この黒のワンピースで、髪の毛はウォーターフォールにしていけって」
「聖はなかなかいいセンスをしてるのね。じゃあ、私が髪を巻くのを手伝ってあげる」
そう言うと、お母さんは洗面所から太めのヘアアイロンを持ってきて、私の後ろに座り、髪を巻き始めた。
そこに、聖兄がヒールが高い黒のレースサンダルを持ってきて、
「これにしな」
と言った。
「全身真っ黒なの?私普段から笑わないから、暗い人に見えちゃうかも」
「そこはメイクで補えるだろう。アイラインとマスカラを黒じゃなくて茶色にして、目尻をそんなにきつく上げなければいいし、シャドウをシャンパンカラーにすればいいと思う」
「聖兄、私と性別交換しない?私は男の子の方が、うまく行く気がする。服のこととかメイクのことなんて、私全然わからないし」
「いやいや、僕の楽しみは楓の着せ替えをすることだから、性別を交換しちゃったら僕の楽しみがなくなっちゃう。絶対却下」
「聖は相変わらずのシスコンね?」
お母さんが笑いながら言う。

お母さんがゆるく大きめに巻いてくれた髪の毛を、ウォーターフォールヘアに編んで、聖兄が選んでくれたワンピースを着て、白のショルダーバックを持つ。バッグだけは私が選んだ。
夕方なのでちょっと肌寒いかもしれないと思い、グレーのケープを羽織る。
玄関でサンダルを履いていると、
「うん、可愛いじゃない?楽しんできてね、いってらっしゃい」
お母さんが見送りにきてくれた。
「雨が強くなってきたから、車で行こう」
聖兄が車のキーを持ってきた。聖兄も同じ学部の4年生なので、今日は先輩として出席するそうだ。
黒っぽいスーツに、爽やかな水色のネクタイを締めている。聖兄の雰囲気に合っていて、すごくかっこいいと思う。
私も聖兄に負けず劣らず、ブラコンなのかもしれない。

-------------

聖兄の車が、待ち合わせの場所に着いた。家を出た時には強かった雨も、かなり小降りになっていて、もうほとんど降っていないと言っても良かった。
聖兄は、私に先に降りるように伝えると、車をコインパーキングに停めに行ってしまった。待ち合わせ場所に指定されている公園に行くと、朱鳥さんと九条さんを見つけたので、そこに駆け寄った。
「楓ちゃん、おはよう!あ、もうこんばんは、かな?」
昨日と変わらず元気な朱鳥さんが声をかけてきた。朱鳥さんは、元気な彼女にぴったりなレモンイエローのワンピースを着ている。和風美人の九条さんは、黒と桜色の二色使いのワンピースを着ている。形は洋服なのに、色使いと九条さんの顔で、なんだか和服に見えるから不思議。

そこに、車を停めてきた聖兄と橘先輩が連れ立ってやってきた。この二人は、並ぶとモデルみたいに見栄えがする。
公園にいる他の人たちの視線も釘付けになっている気がする。
「じゃあ、まだきていない人もいるみたいだけど、そろそろ時間になるから行こうか?」
橘先輩はそう言うと先頭に立って歩き出したので、他の人たちもぞろぞろと動き出した。
2ブロックほど歩くと、大きな建物の前で先輩は立ち止まった。
「今日の会場は…ここです!」
「ええぇぇぇぇーーーー!」
みんなが驚きの声をあげる。無理もない、だってそこはあの有名なホテル・ウィステリアだったのだから。
どうやってこんなところを大学生の新入生歓迎会に使えるんだろう…?
すごく不思議。お値段がどれほどするのか、とても気になる。

みんな驚きながら、そして入ったこともない高級ホテルにちょっと緊張しながら、会場となっているホールに向かった。
歓迎会が行われるホールは、ゆうに150人くらいは入りそうなくらい大きなところだった。
壁に接している長テーブルの上にはたくさんの美味しそうな食事がある。
ホールの真ん中にはたくさんのテーブルと椅子が置いてあり、自由に席を取って食べられるようになっていた。
私は朱鳥さんと九条さんと一緒に食事を取って、なるべく端の方の席に座った。
なんだか、部屋の真ん中の方の席は周りになにもない気がして、なんだか心許ない。近くに壁が見える方が、なんとなく安心する。
本当は聖兄がいないのもちょっと心細いけど、他の先輩たちのところに行ってしまったから仕方がない。
だけど、そろそろ兄離れをしないと、一生聖兄から離れられなくなるかもしれない、なんて思ったり。

私がとってきたお料理は、生野菜スティックとバーニャカウダソース、アラビアータ、ジャガイモのヴィシソワーズ、パエリヤ、それに白身魚のムニエルだった。それぞれを少しづつ大皿にとってきた。どれもすごく美味しくて、いくらでもおかわりをしたくなってしまうけど、今日のドレスはお腹が目立つから、あまり食べ過ぎるとみっともないことになってしまう。

朱鳥さんは、たくさんの量をとても美味しそうに食べる。九条さんは、お料理をとても綺麗に盛り付けて、それをこの上なく上品に食べている。
「楓ちゃんはお兄さんが2人いるって言っていたよね?名前何て言うの?何歳なの?」
朱鳥さんが聞いてきた。
「一番上の兄が樹(いつき)っていって、2番目の兄が聖(あきら)って言います。それぞれ25歳と21歳です」
「ってことは一番近いお兄さんでも5歳離れているんだね。いいなぁ!私もお兄さん欲しかったー!」
「確かに、私も兄がいて良かったと思います」
「お、認めたね。普通の子ってさ、お兄さんのことをそんなに好きじゃなかったり、好きでもあまり素直にそれを外では言わないじゃん?その点、楓ちゃんは普通の子と違うよね」
「そういうものなのかな…?私は樹兄とか聖兄のことを嫌いって思ったことはないかも…」
「本当?それは嬉しいことを言ってくれる」
いつの間にか近くに来ていた聖兄が話に入ってきた。
「え、あの、もしかして楓ちゃんのお兄さんですか?」
「うん、そうだよ。楓と友達になってくれてありがとうね」
「いえいえ、こちらこそです!お兄さん、すごくかっこいいですね!」
「ありがとう」
聖兄は極上の爽やかスマイルで答える。ここで謙遜したり照れたりしないのは、たぶん言われ慣れているせいだろう。

そこへ、知らない先輩たちが2、3人やってきた。
「お、これが聖の自慢の妹?めちゃめちゃかわいいじゃん。こりゃ、ずっと隠しておくわけだな」
「おい、変なことばらすな」
聖兄がすこし慌てて遮る。
「あの、隠すってどういうことですか?」
「楓は知らなくてもいいーーーーーー」
「あのね、聖はずっと妹の自慢をするくせに、『じゃあ会わせてよ』って俺たちが家に行きたがっても、『お前たちみたいなのを会わせると楓にバカが移る』とか言って絶対に会わせてくれないの」
「おい、伊織(いおり)、もういいだろ」
聖兄が止めようとするが、他の人たちに抑えられて邪魔できない。
「でさ、俺たちがどうしてもって言うと、スマホで写真を見せてくれたんだよね。その時にチラッと見えたのが、『楓』って名前の写真フォルダで、なかにはざっと100枚ほどーーーーーー」
「これ以上言うとお前の彼女に、君の彼氏が俺の妹に興味を持ってる、ってチクるぞ」
聖兄が低めの声で脅す。
「それだけは勘弁。あいつ恐ろしくヤキモチやきだからさ、そんなこと言われたら俺殺されちゃう」
「おうおう、殺されろ」
聖兄がこんな風にしゃべっているのを見るのは初めてなので、なんだかとても新鮮だった。それにしても、私の写真を携帯の中に100枚って、それはちょっと…びっくりだけど、嫌ではないかも。
「あれ?そういえば聖、お前妹は4歳下だって言ってなかった?3歳下の間違い?」
さっき伊織と呼ばれた人ではない人が聞いてきた。
「いや、4歳下で間違っていない。聞いて驚け、我が妹は17歳で、1年の飛び級をしたんだ。頭いいだろ?」
「なにぃ!そんなことがあり得るのか?ウソだろ?」
「いいや、ウソじゃないんだな、それが。正真正銘、17歳だ」
聖兄が得意げに胸を張る。
「ってことは、本来ならまだ高校3年生の筈ってことだろ?うわ、恐れ多くて触れられない…」
「そうだろ。ってことで、楓に手を出したら犯罪だからな、くれぐれも俺抜きで楓に接触しないように」
「イエッサー…」
他の人たちも唖然として私のことを見ている。話が聞こえたらしい他の人たちもどんどん集まってきて、聖兄と私に質問を浴びせる。私は初めて会う人たちばかりでたじたじになってしまったので、ほとんどの質問には聖兄が答えていた。
注目されるのに慣れていないので、なんだか居心地が悪くなって周りを見渡すと、ホールの一角にいた女の子3人組と目があった。雰囲気的にたぶん新入生だろうと思い、かるく会釈をしたけど、ふいっと無視されてしまった。
なんでだろう?知らないうちになにか失礼なことをしちゃっていたのかもしれない。

でも、美味しいご飯を食べたり、いろいろな人とお話をしているうちに、そんなことがあったことを忘れてしまった
< 4 / 13 >

この作品をシェア

pagetop