楓の季節
初授業日。
今日は1限が英語、2限が英米文学で、3限は空きコマ、4限は体育で、5限がディベート。
1限は9時から始まる。インターネット上にある、大学の掲示板を確認して、1限の教室を調べる。
「3号館の…405かな」
3号館の4階に行き、405教室を探す。教室に入ると、知っている顔が3つ。
同じ班の、九条さんと夏目くん、そして甲斐志文(かい しもん)くん。
「御園生さん、おはよう」
夏目くんがニコッと笑って挨拶がしてくれる。
「夏目くん、おはよう。九条さんと甲斐くんもおはよう」
私も挨拶を返す。
9時になるちょっと前に、先生が教室に入ってきて、プリントを配り、出席票も配った。
そして、チャイムが鳴ると同時に授業が始まる。
語学の授業は少人数編成で行われ、1クラス15人までと決まっているので、いわゆるゼミのような形式になる。
この英語の授業では、ライティング、スピーキング、リスニング、リーディングをバランス良く学ぶ。
週に4回あるので、一回に1つのことをやり、今日はリーディングをやるみたいだ。
配られたプリントには、英字新聞や雑誌の切り抜きが印刷されている。
授業内容は、プリントを読み、まずは意味を理解してから、書かれている内容は正しいと思うか、反対意見はあるか、など考えを発展させていく、というもの。
もちろん、使われる言語は全て英語だ。
短い1時間だけど、その中でぎゅっと詰まった内容の濃い学びができる。
週に何回も行われる、レベルの高い語学の授業も、この大学の特長のひとつ。


2限は、英語のクラスは別だった朱鳥さんも一緒に授業を受けた。
授業が終わった後には、このあとどうするかという話になった。
「私は3限があるから、そっちに行くわ」
「あ、私もー」
九条さんと朱鳥さんが言う。
「御園生さんはどうするの?」
甲斐くんが聞いてくる。
「えーとね、とりあえず今日はいい天気だから芝生丘で日向ぼっこしながら本でも読もうかなと思って」
「それ、俺らもご一緒していい?ちょうどいい昼寝の時間になるかも」
「もちろんいいよ」
夏目くんに答える。

九条さんと朱鳥さんと別れて、夏目くんと甲斐くんと一緒に外に出る。
高等部に通じる門の近くにある芝生丘で、私と甲斐くんは草の上に腰をおろす。
すごく日当たりがよくって、眩しいくらいだけど、暑すぎず寒すぎず、丁度いい気温で、外で過ごすにはもってこいの天気だ。
夏目くんは私たちの間にごろん、と横になりすぐに寝てしまった。疲れているのかもしれない。
「御園生さんてさ、僕より1歳下なんでしょ?」
甲斐くんが草をむしりながら聞いてきた。
「うん、そうだよ。本来なら高校3年生の年齢、かな」
「そっか。アメリカにいる僕の友達だと飛び級している人はいたけど、日本では見たことないからさ、結構新鮮なんだよね。でもさぁ、どうやったらそんなことできるの?」
「高校が2年で終わったの。アメリカの通信制の高校だったから、決められたカリキュラムが早めに終わったら卒業できるんだ」
「すげーな。3年分の勉強を2年で終わらせたってことでしょ?」
「うん、そうなるかな。でも、カリキュラムの中には、中学の時にやっていた内容も結構含まれていたから、そんなに大変ではなかったよ」
「中学の時に高校の内容を勉強してたってこと?それすごいな。どこの中学に通ってたの?藤ノ宮じゃないんでしょ?」
あ、この話になっちゃった。なんとなく、中学の時の話をするのは気がひける。
「あー、うん、普通の公立の中学校に通ってたよ」
「なんか特殊なカリキュラムだったりするの?」
どうしよう、言ってもいいのかな。甲斐くんが私のことを変な風に思うとは思わないけど、なんだか暗い話に思われちゃって、場の雰囲気が暗くなるのがいや。でも、今それをいわずにごまかしていても、いずれは知られることかもしれない。
「んーん、普通の場所だったよ。だけど、私は中学を中退しているんだ。そのあとは学校に通わずに、自分で勉強したり、聖兄とか樹兄に教えてもらってたの」
「その中退した理由って、聞いてもいいのかな?」
こういう聞き方をしてくれる人って、すごく人との接し方が上手だと思う。
ただ、なんで?って聞くのではなく、反対に絶対暗い話に違いない、と決めつけて聞くことすらしないのでもなく、明るくサクっと質問してくれる。
「あのね、あまり聞いてて楽しい話じゃないよ?」
「いいよ。御園生さんが話すのが嫌じゃなければ」
「わかった。あのね、中学の時にいじめにあってたの。それで、中学2年の時に怪我をして、それがきっかけで学校をやめることになったの」
「ちょっと端折りすぎてよくわかんないや…。なんでいじめられるようになったの?」
「どうでもいい理由なんだけどね…。中学に入学してちょっと経った頃に、クラスの中の男子に告白されたの。告白されたのは初めてだったから、よくわかんなくてなんて答えたらいいかわからなかったら、向こうに『返事は待つから、考えてから決めてくれていいよ』って言われたの。その告白されていた場面をどうやらクラスの他の人が見ていたらしくて、次の日に学校に行ったらクラス中の人たちが知ってた。どうやら、私に告白してきた男子のことを、クラスの中で中心的存在だった女の子が好きだったらしいの。それで、その女の子とその取り巻きから恨まれるようになっちゃって。おまけに、その告白してきた男子に『ごめんなさい』って返事したら、『俺のどこが不満なの?』とか言われて。それでも付き合うことはできません、って言ったら、その男子からも恨まれるようになっちゃった。どうやら、その男子は友達に『あいつは絶対に俺の告白を受け入れる』みたいなことを言っていたみたいで、私が断ったことで彼自身のプライドを傷つけちゃったみたいなんだ。それで、その女の子も男子も私の悪口を言いふらしたらしくって……」
「なんだそれ…自分勝手さ半端じゃないな。これも聞いていいのかわからないけど、具体的にどんないじめを受けたのか聞いてもいい?」
「そこまでひどいものじゃないよ。持ち物を隠されたり、水浸しにされたり、トイレに捨てられる、みたいなおきまりのやつ。あとは、机に落書きとか、教科書を切り取られたり、破られたり。ちょっと悪質だったのは、私の机の上とか、中でも他の人たちに見えやすいところに生理用品を置かれたことかな。そういうのって、結構みんな過剰反応するじゃない?それで、一層男子とか他の女子から『そんなものをそこに置いておくなんて汚いやつ』みたいな感じで扱われるようになった」
「それ、十分ひどいよ。それで、怪我をするきっかけになったのって?」
「私が、普段からそういう嫌がらせにあんまり反応していなかったから、いじめている子たちはイライラしていたみたいなの。で、ある日私が下駄箱に行ったら靴が泥まみれになっていて。だけど、そんなこともあるかなと思って、あらかじめ用意しておいたスペアの靴をロッカーから出してきて、それを履いて帰ろうとしたの。あ、ちなみに私が通ってた中学校の出入り口は階段を上がった2階にあるの。それで、私が階段を降りようとしていたら、たぶんイライラがマックスになっていたいじめっ子が、私の後ろからわざとぶつかってきて。それで、階段から転げ落ちて、骨折とか打撲をしちゃったの。で、そのことで先生とか私の家族にもいじめがばれてね。親はこんな学校は転校しよう、って言ったんだけど、そんなに学校に通いたいと思わなかったから、転校しないで家で勉強することに決めたの」
「そういうことだったんだ…なんていうか、最悪だな、そいつら。なにか法的な措置をとることもできたのに、そういうことはしなかったの?」
「言い方悪いかもしれないけど、あんな低俗な人たちを責めるために、わざわざ時間と手間をかけることのほうがバカらしく思えちゃって、何もしなかったの」
「確かに、そういう考え方もあるよな。御園生さんの判断は間違ってなかったんだろうな。今はこうして藤ノ宮に俺らと一緒にいるし。たぶん、その中学にいた奴らで、藤ノ宮にきたやつなんていないんじゃない?」
「うん、だろうね」
私と甲斐くんは顔を見合わせて少し笑う。

そのとき、私の携帯が鳴った。スクリーンを見ると、樹兄からだった。
『あ、楓?俺だけど、今ちょうど大学の近くにいるんだけど、会える?一緒にお昼食べない?』
「ほんと?いいよ!じゃあ、聖兄にも聞いてみない?」
『おう、じゃあ待ち合わせて一緒に来な。学食で席取ってるから』
「はーい」
私は電話を切ると、甲斐くんに樹兄の電話の内容を伝えた。
「そっか。じゃあ、俺は夏目が起きるまでここにいるよ。楽しんできてね」


聖兄もちょうど時間が空いていたので、聖兄と一緒に学食に行くと、すでに樹兄がいた。
「あ、樹兄!」
私が手を振ると、樹兄もにこやかに答える。
「おう、楓。聖も来れたんだな。2人とも、先にご飯を買って来ちゃいな。俺がここで席をとってるから」
「ありがとう!じゃあ、聖兄、行こ?」
私はお財布を手にすると、聖兄と一緒に券売機に向かう。
私は日替わりプレートを選び、聖兄はカツカレーを選ぶ。
カウンターで食事を受け取って席に戻ると、今度は樹兄が買いに行き、しばらくするとパスタのお皿が乗ったトレイを持って戻って来た。
私たちはいただきます、と言って、食べ始めた。

最初、樹兄は私に授業はどうか、とか、どんな友達ができたか、とか、お父さんみたいなことを聞いていた。しばらくすると、樹兄は聖兄と一緒に難しい仕事の話を始めた。
難しすぎてついていけないけど、樹兄と聖兄がしゃべっているのを聞いているだけで退屈しない。
あたりを見渡すと、かっこいい2人は周囲の視線を2人じめしている。
ちょっと優越感に浸っていると、1人の人に話しかけられた。
「あの、自分、写真部のものなんですけど、3人の写真を撮らせてもらってもいいですか?」
「え、あ、えと、ちょっと待ってください。ねえ、樹兄?聖兄?」
「ん?どした?」
「こちらの人が、私たちの写真を撮りたいって…」
すると、樹兄も聖兄も不思議そうな顔をしながら、「別にいいけど?」と答えた。
その人は、食事が終わるまで待っているので、といい、隣のテーブルに戻っていった。

「なんのために写真を撮るんだろうね?」
私が言うと、樹兄が答えた。
「なんだろうな…。あ、もしかしてあれじゃない?あの例のコンテスト」
「え、なんのこと?」
「ああ、それかもな。結果が楽しみ」
「聖兄まで、なんの話をしているの?」
「「秘密」」
樹兄と聖兄が声を揃えて、いたずらっぽい笑みを浮かべながら答えた。
何の話をしているのか、すごく知りたかったけど、こういう顔をしているときは絶対に教えてくれない。

食事が終わると、さっきの写真部の人と一緒に外に出た。
「協力してくださってありがとうございます。撮る場所なんですけど、芝生丘でいいですか?」
「いいですよ?」
樹兄が答え、私たちは芝生丘に向かった。
そこで、私たちは写真部の人に言われる通りに簡単なポーズをとりながら、撮影を終えた。
「ご協力、ありがとうございました」
「いえいえ、いつか見せてくださいね」
私がそういうと、その人はもちろん、と言って去っていった。
私たち3人は、そのあとしばらく話した後、樹兄は仕事に戻っていき、私と聖兄は授業があるため別れた。
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