陽のあたる場所へ


湿った夜の闇の中に、龍司のスーツの暗い色が溶けて、いつもよりその姿が小さく見えた。

俯いた髪の流れの上に、幾つもの雨粒が留まって、暗闇に小さな小さな光を悲しげに放つ。

使い古した言い方だが、それはまるで捨てられた子犬のようで、沙織はすぐにでも駆けつけて抱きしめてあげたい衝動をグッと抑えた。



沙織が近付いて来るのにも気づいていなかった龍司は、頭上に傘を差し掛けられて、ゆっくりと顔を上げる。

それは、初めて見る表情だった。
顔が濡れているのが、雨のせいなのか、涙なのか、沙織にはわからなかった。



一体、何があったのだろうか…

仕事のこと…?
30歳の若さで会社を経営するということは、並大抵ではない。きっと気苦労も多いことだろう。
ただの雇われ社員では理解できない苦悩もあるのだろう…

それとも、婚約者の河西舞子との間に何かあったのだろうか…。
結婚に向けて順調に進んでいるのだと思っていたが、彼女に傷つけられる何かがあったのだろうか…

家族のことなら、沙織が知っているのは先代社長のことだけだ。
何かしがらみがあるのは感じているが、詳しいことなど何も知りはしない。

どんな出来事があったにせよ、龍司がどうして今、自分の所に来ているのか、その理由がわからない。





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