陽のあたる場所へ


今までより広い家に引っ越し、母は仕事をしなくて済むようになり、俺に構ってくれる時間も増えて、嬉しかった。

ただ父親への期待は、もろくも崩れ去った。

『会社の社長』という肩書きの父は、とにかく忙しく、俺が寝る前に帰って来ることは滅多にない。
たまに、朝少しだけ顔を合わせることがある程度だった。


それでも決して構って貰えなかった訳ではない。
たまにでも顔を合わせれば

「学校は楽しいか?」
「友達はできたか?」
「龍司は、何をして遊ぶのが一番好きなんだ?」

と笑顔を向け、聞いてくれる。

そして時には、美味しいと評判だという店のケーキや、俺の欲しがっている物を母親から聞き出して、買って来てくれることもあった。
ただし、だいたいが母親経由で、父から直接手渡されることは少なかったけれど‥。

それでも、今までは全くなかった、普通の家庭ではありふれたようなことが嬉しかった。


ただ、期待していたキャッチボールや、サッカーの相手をして貰う期待は淡くも崩れてしまったのだ。

父が野球のグローブを買って来てくれた時、本当に嬉しかったのを今でも覚えてる。

「お父さん、お休みができたら、一緒にやろうね」

はしゃいでそう言う俺に、目を細めて微笑みながら頷いてくれた父だったが、なかなかその願いが叶う事はなかった。

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