陽のあたる場所へ



「ダーリンのご帰還ですか?」

沙織のニヤついた顔の応酬に、楓はハッとしたように緩んだ頬を押さえる。




楓の夫、長瀬裕一郎(ナガセ ユウイチロウ)は、バンドのギター&ボーカルで、時にドラマの脇役などもこなす。

10年以上前、楓が書いた脚本のドラマの主題歌を裕一郎のバンドが担当し、それが縁になり、友人から飲み仲間に、そして恋人になり、結婚した。

ドラマの主題歌は大ヒットし、ブレイクしたかのように思われたが、後が続かず一時は一発屋と扱われていたが、その低迷時代を楓は支え続けた。



「バンドだから、音楽に関係ない番組には出ない」

そんなミュージシャンにありがちなこだわりを捨て、とにかく多くの人に認知して貰う為、どんな番組でも断らない姿勢を貫いているうち、老若男女、ファン層の広いバンドになって行った。



ーー音楽も、まず存在を知って貰わなきゃ、聴いて貰うこともできない。

小説だって同じ。存在を知って貰わなければ、ページを捲って貰うこともできない。

恋愛も然り。 
相手に自分がここに居る、貴方のことを想っているということを伝える努力をしなければ…ーー


楓が裕一郎を支えて来た言葉、そして、沙織にも向けられた言葉でもある。



そして、それぞれの現在(いま)がある。





< 222 / 237 >

この作品をシェア

pagetop