陽のあたる場所へ

慌てて会議室の後ろのドアを開け、飛び込むと、何だかいつもと空気が違う。
いつになく女子社員の上擦った声が飛び交っていた。


「ギリギリセーフ…」

呟きながら社員達の間をすり抜け、自分の部署の同僚達を探し、そこへ向かう。

「遅いよ、沙織!もうすぐ新社長の挨拶始まるよ。
ね、聞いた?新社長、結構なイケメンらしいよ。前に支社勤務だった人の情報」

あぁ…だからこの空気?…。

同期入社の大村光里(オオムラ ヒカリ)が言うが早いか、前のドアが開き、重役達と共に、新社長と思われる男性が会議室の中に入って来た。

「へぇ…噂通り。しかも若い。毎日が楽しくなりそうだわね~」

光里は声を潜めて沙織にそう耳打ちした後、スッと背筋を伸ばして立ち、華のような笑顔を浮かべて、新社長に視線を戻した。
いつもの朝礼などは、眠そうな顔して下向いて、早く終わらないかな‥って顔してるくせに…。

ボブスタイルに切り揃えられた髪の下から少し覗く首筋がとても涼しげに見えた。

更衣室のロッカーに寄る間もなく会議室に直行して来た沙織は、周囲に目立たぬよう中腰の姿勢で、持って来てしまったままのバッグの中からハンカチを取り出し、額や襟足の汗を拭う。
肩よりも少し長目の髪を、夏の間は一つに束ねていたが、秋になって下ろしたので、全力疾走のせいで、やたら首周りが暑い。

周囲を見回すと、当然の事ながら、バッグ持参の社員などいないし、エアコンが程よく効いた室内で汗を拭いてる者も、誰もいない。

沙織はそっと足元にバッグを置き、何事もなかったかのように姿勢を正して、初めて新社長の龍司にまともに目を向けた。

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