絶対値のゆくえ
「よっくん、痛いよ」
「…………」
君は無言のまま、私の腕を乱暴に引っ張る。
試験の報告や雑談であふれている廊下を進み、
空き教室に連れていかれた。
とうとう、この時がきてしまった。
「あのさ。お前……昨日」
「ごめんなさい」
机と椅子だけが、気持ち悪いくらいに縦横そろって並べられているこの空間で。
私は君が口を開いた瞬間、謝りながら頭を下げた。
「私、北高受けてない……」
「…………」
「卒業式の後、遠いとこに引っ越しするから。もう行く高校も決まってる」
廊下からのざわついた声が少しずつ消えていく。
「……んだよ」
朝自習が始まるチャイムが鳴り、消えそうな君の声がそれに重なった。
「え」
「親だけ単身赴任とか……やっぱ嘘だったんじゃん」
君の声は震えていた。
私はゆっくり顔を上げる。
昨日の雪から一転、今日は薄く広がる雲から太陽が顔をのぞかせている。
窓の外からの光が、ぐしゃぐしゃと自分の髪をつかむ君の手を照らし、
その表情に影を落としていた。
「うっ、よっくん、ごめん。ごめんなさい……っ。っく」
とうとう涙が我慢できなくなってしまった。
私が泣くのは違うと思うんだけど、感情が止まらなかった。