アラビアンナイトの王子様 〜冷酷上司の千夜一夜物語〜
 そう思ったとき、少し離れた店のガラス越しに梨花が見えた。

 店員と話しながら、携帯を手にとる。

 自分が戻らないので呼び出そうとしているのかもしれない。

 こんなとき、煙草を吸う人間なら、ちょっと吸いに出ていたと言えるのに。

 急いで戻り、梨花がかける前に、店のガラス戸を押した。

 ああ、と梨花がこちらを見て、少し不満げな顔をする。

「もう〜、何処行ってたの?」

「いや、会社から電話があって」

 少し年配の店員が赤くなってこちらを見ながら言う。

「さっきから、貴方の自慢話ばっかりなんですよ、梨花さんは」

 梨花は不思議に、自分より若い店員、可愛い店員の居る店には行かない。

 ちょっと年配の人の方が感じが良く、センスもこなれているからかもしれないが。

「行きましょ。
 もう買ったから」
と梨花は微笑み、腕を取ってくる。

 大きな紙袋を三つも店員から渡され、受け取ると、梨花が言った。

「この近くに美味しいロシア料理の店があるのよ。
 行かない?」

「……行かない」

 え? と梨花がこちらを見上げる。
< 106 / 276 >

この作品をシェア

pagetop