アラビアンナイトの王子様 〜冷酷上司の千夜一夜物語〜



 秘書室に用事があって上に上がった時、那智は遥人と出くわした。

「那智」
 静かに怒った顔の遥人が話しかけてきたが、睨んでやった。

 文句を言おうと思ったらしいのに、先に喧嘩を売られて、さすがの遥人も一瞬、引いたようだった。

 だが、文句を言うと言ってもな。

 なんと言えばいいのか。

 専務が早くキスしないから、亮太にされちゃったじゃないですか、とか恥ずかしすぎる。

 一瞬引きはしたものの、腹に据えかねてていたのか、遥人はやはり文句を言ってきた。

「お前、俺が気を利かせて、乗せて来なかったのに、別の男の車で来るとはどういうことだ」

「亮太も気を利かせて乗せて来てくれたみたいですよ。
 自分と噂になったら、専務とは噂にならないだろうからって」
と言ってやる。

 言い返せなかったらしい遥人は、ちょっと黙ったが、ちょっと来い、と人気のない階段の方に呼んできた。

 行ってやるまいかと思ったが、言いたいこともあったので、ついて行く。

「別に俺と噂にならないために、あの男と居なくてもいいじゃないか」

 身綺麗に生きていけ、とまったく身綺麗でない人に言われたので、ムカついた。

 文句を言ってやろうと思ったのだが、口を開いた瞬間、何故か泣いてしまう。
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