アラビアンナイトの王子様 〜冷酷上司の千夜一夜物語〜
「なんでですか。
 実は仕事の面で、私に期待してくれてるとか」
と機嫌よく言ってくる那智に、そんな莫迦な、と答える。

「うっかり頭とか撫でてしまわないようにだ」

 仔犬が駆け寄るように書類を持ってくる那智に、よくやった、でかした、と頭を撫でてしまわないように。

「那智」
と呼びかけ、目を閉じる。

「はい?」

 ……愛してるよ。
 たぶん。

 俺の人生で、お前が一番俺の心の近くに居ると思うから。

 なにも言わなかったのに、那智は何故だか、嬉しそうに笑った。

 ゆっくりと眠りに落ちていく。

 一番気持ちのいい時間だ。

 仕事の疲れもなにもかも溶け出して何処かに行ってしまうような。

 那智が現れる前はこうではなかった。

 眠ることはただ恐怖だった。

 恐ろしい夢ばかり見る。

 遺体の安置所で、白い布をかけられていた母親がむくりと起き上がってくる夢とか。
< 196 / 276 >

この作品をシェア

pagetop