アラビアンナイトの王子様 〜冷酷上司の千夜一夜物語〜
 そのまま遥人が離さないでいる手を見下ろし、
「これでいいかって、今日は言わないんですね」
と言ってやる。

 もう勘弁してくれ、という顔を遥人はしていた。

 だが、彼は俯いたあとで、ふっと笑う。

「……信じられないな、と思うんだ」
「なにがですか?」

「自分が今、此処にこうしていることが」
「それは私もですよ」

「まだ、お前とこうして居られて。
 自分の中に、長年しこっていた恨みもない。

 不思議な解放感に、怖いくらい幸せなんだ」

 那智は微笑む。
 それはよかったです、と。

 人を恨み続けるのは辛いから。

 ましてや、相手が大好きだった人なら。

「あのとき、お前と出会わなければ、きっとこんな未来はなかった」

 真っ直ぐに遥人は那智を見つめてくる。

「じゃあ、あのとき、あそこでキスしてた、桜田さんと梨花さんに感謝ですね」
と言うと、それはどうだかな、という顔をしていたが。
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