不機嫌な恋なら、先生と
そこで沙弥子さんに言われた言葉を思い出した。
『できない人と仕事してるわけじゃないんだよ』
全然、心に響かなかったな。
それは、自分自身がそんな人間だと思えなかったからだ。
花愛ちゃんもそう思っているんだろうって、怒りの表情から読み取れた。
そう気づくと寂しいものがある。伝える方は、本当にそう思ってるのに、どうして受け入れてくれないんだろうって。ひとりで問題だと受け止めて、聞き入れることさえしないんだろうって。
「ごめんね。正直、花愛ちゃんの辛さを知らないから、もしかしたら軽率なことを言ったのかもしれない。痣だって見てないのに、無神経だった。でも、私から見た花愛ちゃんはそう見えるから言った。それは、本当だから」
彼女は一度、口を結んでから、思いを吐き出すみたいに言った。
どこか決心したような迷いを振り切った表情だった。いつかの私に施してみたアイメイクなんかより、強い意志を持った目。
「撮影にはやっぱり行けません。すみません」
「やっぱり怖い?」
「はい」
一瞬、考えた。怖いこと。私の中にもそれはあるなって。いっぱいあるなって。怖いことをやれと言われる人の身に立つと、逃げ出す気持ちだってわかる。
「うん。怖いことって、あるよね。私もあるよ。
今ね、花愛ちゃんのこと考えながら、自分に置き換えて考えてみたの。
怖いのやっぱり、あるよね。
私は、虫とか、高いところとか、あと嫌われたくない人に弱音を吐くの、怖いよ」
返事に困ったように花愛ちゃんは黙った。
「そんなことって思ったでしょ?」
小さく首を振った。私は、笑いながら言った。
「でもさっきね、知らないうちに怖いことしてたの。嫌われたくない人に、弱音吐いちゃった。そしたらどうなったと思う?」