不機嫌な恋なら、先生と
私と会って、先生はいつも何を思ってるんだろう。

変わってないのかな、やっぱり。

大人に見せようとしてみたけど、先生から見たらまだ私は子供ですか?

恋愛対象に入ることはありそうですか?

尋ねたくなる。

聞こえてないのをいいことに、なんでも声に出してしまいそうだ。ぐっと堪えた。

代わりに寝顔が、見たくなる。

なんだか可愛いく感じるから。普段は意地悪なことを言う人がこんなに無防備なんだもん。今だけ意地悪返しでもしてみたい。

先生の流れる髪に触れたくて、手を伸ばした。

「まどか」

びっくりする。思わず伸ばした手をそこで止めてゆっくり引っ込めた。

目を覚ましたのかと思ったけど、首を捻るとまだ目を閉じていた。寝言だった。

ほっとすると同時に、絶望する。

まどかって、誰だろう。

やっぱり彼女はいないなんて言っていたけど、いるのかな?

それとも好きな女性の名前だろうか?

ただわかるのは、どう考えても女の人の名前で、寝言にするくらい先生の心を握っているーーそんな風に先生を支配できる権力みたいなものを持っているような人だって、こと。

ああ、まただ。こういう感情も知ってる。

心ってどうして、なくなったものを覚えてるんだろう。こんな気持ち、覚えてなければ気づかなかったかもしれないのに。

私はいたたまれなくなって、部屋を出た。後ろ手に扉を閉めた。

帰ろう。温めて食べてくださいとメモ書きをテーブルの上に置いて、コートと鞄を手に持った。

もし原稿を落としたらどうなるんだろう。それとも原稿の締め切りを遅らせても、間に合うか
な。確認しないと。

とりあえず今は、先生の体調が戻ることだけ、願おう。

胸の奥がキリキリする。

だけど、大丈夫。まだ引き返せる。

馴れてたから。

この傷みくらいなら、平気だ。
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