不機嫌な恋なら、先生と
「あの日、スーパーで迷子の子供いただろ?」
「はい」とぼんやり脳裏に浮かんだ幼稚園くらいの男の子。パパにしがみついた腕。
「箱崎さんは迷うことなく、子供に向かって行ったけど、俺は、ああいうとき、ふと考えるんだよね。
こういう設定で、こういうことが起きたらって、物語のようなものを。
そういうときって、自分ってどこか人間ぽくないって思うよ。
大事にしなければいけないのって、目の前のそういう瞬間だったりするのにね。
まるで日常の中からネタ探しでもしてるみたいで。
たぶんどんな不幸な現場を見たりしても、そういう風に物事を見てしまうんだろうなって想像つくよ」
息を吐いたからか、先生の肩の力が抜けた。
「正直、今の連載もあまり膨らまなくてね。
恋愛小説に苦手意識を持っていたせいなのもあったけど。
だから最近は余計にそういう風な感覚が強かった気がする」
「だから、私を観察なんて言ったんですね」
「そういえば観察って言ったら、怒らせたっけ」と、笑いながら私を見た。
「確かに先生に観察したいと言われたときは、バカにされたような言い方だなって思って、少し腹が立ちました。
私のこと面白おかしくいじって書くつもりなのかなって考えましたし。
でも先生のそんな言葉を聞いたら、そんな考えを持ったことさえ、恥しく思いますよ。
真面目に作品と向き合ってる人なんだとしか、思えないから」