不機嫌な恋なら、先生と

「先生?」

「もう箱崎さんを観察することもないだろうから。これが最後」

「まあ、そうですけど。って、さっきも最後って言いましたよね?ていうか、なんか矛盾してません?もう書くことないじゃないですか。これ観察じゃないですよね?」

「ううん……観察」

「いや、先生?」

「……うん」

「あの、だから、その、寝室で休みましょう?」

先生はもたれたまま囁くように返事をする。呼びかけても先生はもう何も答えなかった。眠ってしまったみたいだ。

どれだけ、無理してたんだろうと思うけど、この状態のままではいられない。

でも寝室まで運ぶなんて、私には無理だし、叩き起こすのも悪い気が勝ってしまうから、動かせない。

それに加え、男の人に甘えられるって、思ったより心地のいいものだなと感じてさえしまっている。

先生の手が落ちて、私の手の上に重なる。

先生は嘘を吐いたり、気を持たせるのが好きなだけだから、私にこうしてもたれかかったりしても、何も思わない。

今、ここで目が覚めて、私の手に触れていることに気がついても、そうなんだろう。

そういう人だと、分かっている。

気を取り直して、書き上げたばかりの小説の原稿に目を通した。

< 145 / 267 >

この作品をシェア

pagetop