不機嫌な恋なら、先生と
「あ、そういえば」と、先生は思い出したような顔をする。
「これ良かったら、読んで。新刊なんだけど」と、先生は鞄を開けると、私にハードカバーの本を手渡した。
そこには『戯言』というタイトルと匂坂羊示の名前があった。
「ありがとうございます」
ページをめくり、つい読みいってしまいそうになると、先生は「うん。あとで読んでね」と、やんわりと声をかけて制した。
「あ、はい。そうですね。嬉しくてつい」と、本を閉じて少し考える。
「あの……サインって書いてくれますか?」
「え?」と、先生は目を見開いて驚いた。それはそうだろうと思う。今まで、そんなこと言ったこともなかったし、仕事を通して関わっていた人間から急にそんなファンめいた態度をとられたら動揺するに決まってる。
「やっぱり、ダメですよね? すみません、急に」
「いいけど」
「本当ですか? やった」と、喜ぶと、表紙をめくって手渡した。見開きにサラサラと名前が書かれた。先生のきれいな字に、懐かしさを覚えた。
「サインなんてないから、普通に名前しか書けないけど」と、先生が差し出した本を受け取った。