不機嫌な恋なら、先生と

「いいえ。ありがとうございます。大事にします」

「そんなに喜ばれると、正直戸惑うね」

「喜ぶに決まってますよ。
あの……私、本当は先生のファンでしたから。
一緒に仕事ができるのも未だにどこか夢みたいですし、こうしてサイン本をいただけることも、嬉しいです。本当にありがとうございます。
こんなこと先生のファンの人が知ったら、羨ましがるだろうな」

「大袈裟だな」

「大袈裟じゃないですよ。ファンをなめないで下さい。先生は覆面作家だから、目の前でサインを書いてもらえる機会なんてないんですよ?
それに、先生に会いたいと思ってる人、沢山いると思います。
こんな素敵な物語を書いてくれてありがとうございますって直接言いたくなりますもん。
サイン会とかあったら、みんな絶対に喜ぶでしょうね」

「サイン会?」

「あ、例えばですよ。ファンの人は、先生と会える機会があれば会いたいだろうなって、思っただけで。先生がそういうことやらないのは知ってます」

「ふうん。そういうものなのかな。まあやってみてもいいかな。そんな風に言うなら」と、思ってもいなかった言葉に私は驚いた。

だって、先生は絶対に顔を出さないと、沙弥子さんが言っていた。

「え?本気ですか?」と訊き返すと、「なんで驚くの?」と先生はおかしそうに言う。

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