不機嫌な恋なら、先生と
「俺さ、なつめちゃんのこと、どこかで見たことあるって思ってたんだけど、匂坂さんと一緒にいるの見かけたからだって、後で思い出してさ。
会社近くのカフェで。この前も二人でいたよね?」
先生との打ち合わせを一度ではなく、二度も見られているなんて、うまい言い訳ができないと思った。
「あ、はい。ちょっと知り合いで」と、当たり障りない返事をする。
「えー? そうなんだ。知り合いって、何? 実は彼氏とか?」なんて、興味本位なんだろうけど、返事に困ることを聞いてくる。
連載小説を書いてもらってるなんて覆面作家だから絶対に言えないし、ましてや付き合ってるとも、軽々しく澤辺くんに言っていいものなのか、判断しがたかった。
合コンで会ったとか、遠い親戚とか……言い訳の選択に悩んでいると、まどかさんが、「そういえば、以前、Grantさんにオルーの取材をしていただいたことありましたよね?」と思い出したように言う。
そんなことがあったことは知らなかったけど、言い訳するには都合が良かったので、話を合わせた。
「あ、そうです。それで、知り合いまして。今もたまにお食事とか行かせていただいてます」
よく考えれば先生はオルーの立ち上げのときしかいなかったというから、取材で私と会うこと自体がおかしいのだけれど、澤辺くんは深く考えた様子はなく、へえと受け入れたようで安心した。