不機嫌な恋なら、先生と
「こんにちは。箱崎さんですよね?Grantの」と先に声をかけてきたのは、その女性、まどかさんだった。
白のノーカラーコートを羽織り、財布と小さなレジ袋しか持っていない彼女もちょっとした買い出しに来たに違いない。
「あ、はい。オルーの展示会でお会いしたまどかさんですよね。先日はありがとうございました」
「こちらこそ、展示会に来ていただき、ありがとうございました」
コンビニを出ると向かう方向が一緒だった。普段だったら、じゃあこれでと歩みの速度を速めるところだけど、今日は違う。
彼女には色々と訊きたいことがある。先生が嘘を吐くなら、彼女に訊くしかない。でも、そんなことをしていいのか……悩んでいると、どうしてか彼女も伺う様子で私に何度か視線を送る。
先生から、何か聞いているのかもしれない。
「あの……間違っていたら、すみません。もしかして、まどかさんって、作家の匂坂洋示先生をご存知ですか?」
彼女は少し驚いた顔をしたけど、
「はい。知ってます」
あっさりと、認めた。私の体を支えていた軸がなくなるような感覚になり、気が抜けた。できるなら、ここで座り込んで泣いてしまいたいくらいだ。
「やっぱりそうでしたか」と、気丈に返すのがやっとだった。