クールな社長の甘く危険な独占愛
夜九時。ドアのベルが鳴った。
和茂はネクタイを緩めながら、玄関の方を見やる。
きっと、さつき。
別れの挨拶だろうか。
予定されていた会食をキャンセルして帰ってきた。無性に早く自宅へ帰ってきたかったからだが、どうして帰ってきたかったかは、改めて自分自身で考えたくない。
そんなこと、考えても仕方ない。
彼女は決めたのだから。
和茂は小さく息を吸って、それから思い切って玄関を開ける。
「なんだ?」
わざとなんでもないようなふりをする。
「あの……退職願を出しにきました。明日の新幹線が早いので、会社に伺えないと思いまして」
「そうか」
差し出した封筒を受け取る。心なしか湿っているような気がしたが、気のせいかもしれない。
「今夜はどうするんだ?」
「彼のホテルの部屋に泊まります」
「……そうか」
さつきの寝顔を思い出す。もやもやしたが、それを口に出す必要はない。
「幸せになれよな」
自然とそんな言葉が口からでた。
さつきが少し驚いたような顔をして、それから笑みを見せる。
「ありがとうございます」
頭を下げた。
「じゃあ……」
さつきが一歩下がる。「失礼します」
「ああ」
もう引き止める言葉はない。扉は静かにしめられる。
しんと静まり返った部屋の中。和茂はどうしていいのかわからず立ち尽くす。
それから、手の中の退職願をぎゅっと握りしめて「飲むか」とつぶやいた。