クールな社長の甘く危険な独占愛
正直、兄の武則と何を話していいかわからない。さつきのことを婚約者だと思っているからランチに誘ってくれたのだ。でもそんなにうまく自分は『恋人役』を演技できるだろうか。
近くのイタリアンに入った。地下へと下る細い階段を降りると、広いスペース。有名シェフの経営する本格派イタリアンの姉妹店で、リーズナブルな値段でランチコースを出してくれる。テレビや雑誌などでは見たことがあるけれど、さつきはなんだか敷居が高いようで入ったことがなかった。
一番奥のソファー席に通された。
「このコースでいいかな。嫌いなものはない?」
「はい」
武則は慣れた様子で注文した。
この兄弟は似ているようで、似ていない。もちろん顔つきはとても似ている。細い線に綺麗な顔。なんでも見透かしてしまいそうな、賢そうな瞳。二人ともとてももてるだろうし、女性の扱いもうまい。けれど兄である武則は、弟と違って誠意があるように見えた。社長は女性と遊びでしか接しない、そんな印象。
さつきは手持ち無沙汰をごまかすように、グラスの水に口をつけた。
「長尾さん」
「はい」
「先日は、父が失礼なことを言ったようで、申し訳なかった」
武則が頭を下げたので、さつきは慌てた。
「大丈夫です。頭を上げてください」
「いや、和茂のその場しのぎの嘘に付き合ってもらったのに、ひどく不快な思いをさせてしまっった。身内の失礼を謝らせてください」
さつきは「え?」と驚いた。武則はさつきが嘘の婚約者だということを知っているのだ。