クールな社長の甘く危険な独占愛
二
夜の恵比寿。
昌隆と待ち合わせをした。
『話し合おう』と言われたけれど、結局のところさつきが「はい」といえば、すべてが解決する。そもそも、結婚を条件に東京で働きだしたし、それに……。
余命わずかの頃の父親の姿を思い出す。真っ白な病院のベッドに横たわり、少しふっくらしていた身体は、見る影もなくやせ細っていた。癌を患ってからの父親は、本当にあっという間に弱っていき、父親も、そしてさつきも、現実を直視することができなかった。
工芸職人だった父親は、自分の血縁者に技術を伝えたがっていた。さつきはその期待を知りながらも、東京で大学に通うことを押し通したのだった。
その時がきたら、なるようになる。
そんな楽天的な気持ちで。
若さからくる、未来への無頓着さで。
でもそれはすぐに、突然、訪れた。
『さつきが、この職に興味がないということはわかってる。でも、長尾の名が工房からなくなるのが、心残りなんだ』
震える声で、父親がいう。
『お前さえよければ、弟子の昌隆くんと結婚してくれ。そして、孫を生んで、工房を継がせてくれ。工房は、お父さんの、大切な……場所なんだ』
東京の大学へ進学するときも、反対しなかった父親が、死に際に願っている。
さつきはとっさに『はい』と答えた。
そのときの、父親の、安堵したような顔。痩せて頬が削げ落ち、眼窩が落ち窪んでいるそんな父親が、幸せそうに微笑んだ。
さつきは、その約束を違えるわけにいかない。