彼女の本気と俺のウソ
5.別れの季節、止まる時間《とき》
夏休みが終わり二学期になると、就職試験に向けて校内は慌ただしくなる。
俺は今年、三年生の担任ではないし、化学は就職試験には関わりのない教科なので、完全に蚊帳の外にいた。
堤はあれからパッタリと、俺につきまとうのを止めた。たまに姿を見かけると、笑って手を振る程度だ。スマートフォンで写真を撮る事もない。全く無視されているわけではないが、何となく寂しく感じた。
時々廊下で「先生」と呼ぶ声が聞こえて振り返ると、堤が数学の藤本先生を呼び止めている姿を、最近はよく目にする。俺に脈がないと悟って、乗り換えたのだろうか。
だが藤本先生も、道を踏み外す事はないだろう。生徒たちには内緒になっているが、彼には現国の井上先生がいる。堤にも、いずれ分かるだろう。
そろそろ就職試験が始まろうかという頃、職員室が大騒ぎになった。
国立大学の理系を受験する者が現れたというのだ。
我が校の生徒は、大半が就職する。進学する者も、私立の商科大学か、商業系女子短期大学だ。そのため商業科目の教育に重点が置かれている。普通科目の教育は必要最低限で、国立大学入試に通用するようなものではない。
その無謀な挑戦者が、堤だと知り酷く驚いた。
堤は決して頭は悪くない。化学の成績は酷かったが、就職三教科、国語、数学、英語の成績は、かなり優秀なようだ。毎回貼り出される就職模試の結果、上位50名の中に必ず名前があった。
就職模試を受けているから、てっきり就職するものと思っていた。
担任教師も進路指導担当も、ふざけるなと一喝したらしいが、本人はいたって真面目だという。
センター試験を受ける者も、我が校では初めてらしい。
堤は何かやりたい事を見つけたのだろう。他の教員たちは皆、どうせ失敗するだろうと笑っているが、俺は堤なら、見事にやり遂げるような気がしていた。
堤は受験勉強が忙しいせいか、益々俺から遠ざかっていった。